--11 「手慣れてるみたいだな」 ポタージュスープを口に運びながら、僕は何の気なしに言った。 「ん? あぁ、俺食事担当だったから」 「ご両親は共働きなのか」 我が家もそうだ。父は探偵、母は古書店勤務である。 「……父さんは、いないんだ」 市川の声のトーンが、少し落ちたような気がした。 聞いてはいけなかっただろうか。「そうか」と流してやったのだが、市川は何を思ったか話し始める。話し始めた以上「いや話さなくていいです別に」とは言えず、僕はパンをちぎりつつ、BGMに耳を傾けた。 「母さんは昔、会社の受付嬢だったらしいんだよ。で、そこの社長さんとの間に俺が産まれたんだって。俺が小さい頃から父さんはいなくて、母さんは一人で俺を育ててくれたんだ」 お妾というやつか。愛人を囲うというのは、大企業の社長にはよくある話だ。 「中学の頃はグレたよ、父親のくせに俺は顔も見たことないし、母さんがこんな苦労してんのに何やってんだよって思ってた」 市川は自嘲するように言った。 表情は分からない。 「家計は苦しいし。高校行かねーって思ってた。でもさ、春休みになってから急に、黒いコート着た人が家に来て、そいつは学園の理事長だったんだけど………」 「理事長?」 "叔父"が? 僕はバターに伸ばしかけた手を止めた。 「言ったんだ。俺の父さんが、俺を高校に行かせてやりたいって言ってるって。学費も全部負担するから、高校には行けって」 「何で理事長が……」 何故理事長が、市川の学費を負担する? 否、学費を負担するのは「市川の父」だ。理事長はそれを市川に伝えただけで―――… まさか。 「で、俺は古賀学園に入学出来たんだ。ずっと恨んでた父さんに金出してもらうなんて嫌だったけど、母さんは俺が高校行くって言ったら喜んでたよ」 だから俺はコネでも何でも学校入って、ちゃんと卒業する。 苛められても嫌がらせされても、絶対辞めない。 「ここの奴らって、俺んちが庶民だからってバカにすんだよな。信じらんねぇよ。そいえば木崎んちって何やってんだ?」 「…………」 「……木崎?」 「え?あぁ、悪い」 単なる自営業だと答えると、「庶民でよかった!」と眼鏡の奥でニコニコと笑った。 じゃあ特待生専用寮にいるってことはマジで頭いいんだな、俺バカだし父さんが金払って特待生にしてくれたらしいんだけど此処って落ち着かないんだよなホテルみたいで。 市川は無邪気に話す。 僕の頭にはある一つの考えしか浮かばない。 [←][→] [戻る] |