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ジオラマ
 
 
 むしゃくしゃする。


 「ちょっ、すいませんすいませ―――…ぶッ!?」
 「ギャァアア!! 山田ぁああ!!!」


 鬱憤を晴らすように思い切り蹴りを入れると、気の弱い第一学年の生徒を恐喝していた山田は勢いよく吹き飛んだ。廊下の壁に強か背中を打ちつけ、そのままずるりと身体の力が抜け落ちる。
 隣にいた仲間のネクタイをぐっと引き寄せると、血の気を失ったその顔が面前に来る。


 「あばばばばば、マジすいません本当マジ」
 「先輩」


 臙脂(エンジ)は、第三学年の色。


 「それで済むんやったら、風紀は要らんと違います?」


 更に強く引いて上体を前に遣り、無防備な後頭部に肘鉄を喰らわせた。ゴッ、と鈍い音がして、屈強な身体が廊下に沈む。
 乱れたブレザーの襟を直しながら辺りを見渡すと、恐喝されていた生徒はすでに消えていて、代わりに遠くからクリーム色のニットが見えた。


 「おぅい、キサキくーん」


 チカ先輩だった。

 ひらひらと振る手に礼を返すと、「派手にやったねえ」と呆れられてしまった。
 放課後、西校舎の二階奥。イヤーフック型のトランシーバーから聴こえて来たその場所は、第一学年の教室に近い場所。そのため到着も僕が一番早く、チカ先輩が来る頃には伸(ノ)してしまったのだ。


 「あんまり暴れると今度はこっちが摘発されるよ」
 「結構です」
 「わお。荒れてるね」


 屈み込み、気絶した山田の頬をぺちぺちと叩きながら、チカ先輩はブレザーを物色した。一応、問題を起こした生徒は、カードで名前を確認して職員へ報告することになっている。
 もう一人の方を足で反転させる。カードは大抵が胸ポケットに、でなければ利き手側のポケットかスラックスの後ろに入っている。不良じみた生徒はスラックスの後ろ。しかし気が弱そうであったり神経質そうであった場合は、用心しているのか胸ポケットに入っているケースが多い。これは、僕が風紀委員会での経験から得た生活の知恵だ。生徒を気絶させた数とは比例していない。決してそんなことはないから、大丈夫だ。


 「第三学年Bクラス。福原」


 福原のカードは、胸ポケットに収めてあった。印字された名前を読み上げる。
 山田のスラックスを探っていたチカ先輩は、僕の発言に眉を寄せた。


 「福原?」
 「はい。福原 健一です」
 「………近江の親衛隊か」


 山田のカードを見ながらそう呟く。どちらが親衛隊なのかは分からないが、おそらく両方なのではないかと僕は思う。見覚えがあるからだ。


 「穏やかでないね」


 ずるずると二人を廊下の端に引きずって、その場を去ることにした。加害者側が怪我をした場合、僕らは助けないことにしている。


 「学園祭まで何事も無ければいいですけれど」
 「うーん。どうだろう」


 ヘッドフォンのダイヤルを捻って、ボリュームを上げる。コツコツと指先で叩くのは、チカ先輩が苛立ったときの癖だ。


 「最近どうも、親衛隊の動きが怪しい」
 「親衛隊ですか?」


 僕は生徒会役員親衛隊の顔を思い浮かべた。
 会長の親衛隊隊長はこの春に一度代わり、新しい隊長、兼親衛隊総代表の鳴瀬先輩は統率力のある方だったように憶えている。

 僕の考えに気づいたらしいチカ先輩が、「そっちじゃないよ」と訂正した。


 「旧親衛隊だ。それに、美作のところと近江のところも最近つるんでいる。何を考えているのかは知らないけれど、野放しにしておくのは危険だねえ」
 「摘発しますか?」
 「今回みたく既成事実さえあれば、ぼんぼん摘発しても構わないよ」


 とにかく見かけたらマークしておいてね、と言われ、僕は「分かりました」とそれに頷いた。





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あきゅろす。
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