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あるひなた
 
 
 そのときの僕は、とにかく空腹だった。


 「何か食べたら?」
 「………結構だ」


 学園祭準備初日。
 複数のグループに分かれたクラスメイトたちは、一斉にワイワイと話し合いを進めている。何故か委員長と共に「特別指揮」とやらに任命された僕は、現在教壇脇に置かれた机で待機中である。調理以外ならば基本的に何でもこなせると予め言っていたのだが、それが却って仇になったようだ。「手が足りないところに順次入ってもらうから」と言った委員長が、僕が風紀委員会の仕事で放課後の準備活動に参加出来ないことを見越していたかどうかは知らない。

 かくして僕は机に突っ伏している。今朝から何も食べていないため、時折胃が収縮して音を立てる。委員長により差し出されたカロリーメイトが目の前に置かれている。けれど僕は食べない。


 「あんまり意地張ると胃酸で胃が溶けるだけだよ?」
 「………何の話だ」


 何でも知っている、と言いたげな委員長の発言に顔を上げると、「何が?」と白々しい台詞を返された。


 「木崎ってまだ俺のこと疑ってる?」
 「信用はしてない」
 「ひどいなぁ。こんなに友好的にしてるのに」
 「笑顔が胡散臭い人間は信用してはいけないと教わった」


 その発言と重なって、叔父である理事長と、古賀本家に棲みついているであろう彰人の顔が浮かんだ。今更前言を撤回するわけにもいかず、僕はそれらを打ち消すことにした。


 「俺が市川に手を出すとか」


 横顔の、視線だけがこちらを向いた。
 弧を描く眼。


 「思ってる?」
 「………まさか」
 「大丈夫だよ。俺、市川のことは気に入ってるし」


 視線を辿ると、クラスメイトに抱きつく市川の姿が見えた。抱きつかれたクラスメイトは顔を赤くして抵抗しているが、あれは決して拒絶ではないのだろう。無自覚とは罪である。


 「可愛いよね、市川って。馬鹿な犬みたいで」


 クスクスと笑いながら言う委員長に、何となく嫌な気持ちにさせられた。「………さぁ」かろうじてそう答えるものの、それは委員長の思惑が読めないため選んだ、無難な回答だった。


 「冗談だよ。俺、男には興味ないし」
 「………意外だな、委員長の口からそういう発言が飛び出すとは」
 「またそんなこと言っちゃって」


 思考が、発言が読めない。そうだ、僕はこいつが苦手だ。


 「俺のこと警戒してるだろ」





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