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僕と嘉之先輩がお互い無言の、苦笑という表情での意思疎通を行っていると、突然迎賓室の扉が勢いよく開いた。
「……環か」
眉間を抑え嘉之先輩が唸る。
が、モニタリング室に現れた影は環先輩のものではなかった。
「珍しいな、お前が乱暴にドアを開けるなんて」
何故か息を切らした晴一だった。
晴一は嘉之先輩の姿を見止め何か言おうとするも、椅子に座る僕に気づくなり「あー」だの「うー」だの悶悶としている。
こめかみから輪郭線に沿って、汗が流れている。これだけ走ったのなら急ぎの用事だろうし、さっさと言えばいい。それとも僕が邪魔なのだろうか。
生意気な。
「邪魔なら出て行くが?」
嫌味を込めて言ってやると、晴一は苦いような表情になり、そして。
「お前、メイド喫茶やるって本当か?」
「なッ!?」
「………」
どこで仕入れたのか分からない情報を与えてくれた。
誰から聞いたんだ、と思いつつ、僕は言葉を選びながら紡いでいく。
「半分、本当だ。第一学年のSクラスは、学園祭で、メイド喫茶を行う」
「はぁ!?」
「き、木崎、それは本当か?」
「はい。ですが、僕は着ません」
驚愕に満ち満ちた嘉之先輩を安堵させるため、僕は真実を告げた。
「一応現段階では着用することになっています。が、……最後まで聞け晴一、妙な顔をするな―――失礼。なっていますが、当日は着ません。逃げます」
誰が好んで女装などするか。
勿論焼肉のためならば何だってする所存だが、別の手段があるならばそちらを選ぶ。衣裳係に適当なセミフォーマルでも作らせておけばいいだろう。とにかく僕は、絶対に女装はお断りだ。
一息に言えば、何となく安堵したような残念そうな複雑な表情が返ってきた。何故そんな顔をするんだ。残念か。残念なのか。
「駄目だよキサキくーん。ちゃんとおめかししてねー」
僕が胸ポケットから銃を取り出すまでもなく、場の空気を変えるように扉が再び派手な音を立てた。
チカ先輩と、後ろには環先輩がいる。この場合、空気をぶち壊す可能性との五分五分なのだが、何事も危険はつきものである。それくらいは仕方がない。
しかし、これだけ派手に開閉させていれば、いつか扉の方が壊れそうなものである。
「………何でですか。僕が女装するのがそんなに見たいですか」
「見たくないよ気持ち悪い」
環先輩がさらりと答えた。女装はしたくないが、ここまで言われてしまうと気分が悪いものだと知った。
しかし、三年生二人が「いやそんなことない」「大丈夫だ似合う」と見当違いのフォローを入れてくるのが腹立たしい。
「風紀は写真部と、裏で連結しているのだよ」
チカ先輩はぴっと右手の人差し指を上げた。
「写真部ですか?」
「うん。まず写真部は、ランキング入りした生徒の個人写真を無許可で撮影し、それを販売することで部費を稼いでいるんだ。数年前風紀が摘発したそうなのだけれど、その際風紀委員の写真も見つかった」
それでだね、と先輩は立てた指を左右に振る。
「当時の風紀委員は怒ったんだ、肖像権の侵害だとね。そこで一人の風紀委員が提案した。写真部を摘発しない代わりに、写真を売って得た収入の一部を風紀に回すように」
「………は」
「ついでに写真部と連結してる報道部も摘発免除。彼らに写真を撮られることで、風紀委員会は今日まで贅沢三昧なわけだよ」
まさか部費でお茶が飲めると思ってたのかい? とあっけらかんと言うチカ先輩。
確かに、生徒の払った学費を吸収してお茶をしたり、モニタリング室のような設備を構えたりと、いち生徒協会が出来ることではない。しかしこれは、ギリギリ、犯罪ではないのだろうか。
「まあ不本意ではあるが、田中先輩が許可を出したものだ。今更撤回したところで、地の果てまで追いかけてくるだろう」
田中先輩、とは前年度の風紀委員長だった方だ。
嘉之先輩の諦めたような口調から、写真を撮られていると気づいていなかったのは僕だけらしい。
「………で、話はどう繋がるんですか」
「やだなあ。女装して写真撮られて、写真部の売上に貢献して貰わなくちゃいけないのだよ」
予想通りの返答に、僕は絶句した。
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