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きぃやぁああ、と奇声を発する市川に、「うるさいぞー」と教室の隅から消しゴムが飛んできた。今度は「ぎゃっ!」と叫んで頭を擦る。リアクションに事欠かぬ市川は、ややしょげたような顔を上げた。
「だって木崎がメイド服を進んで着るとか想像つかないし……」
「おい待て市川! 木崎がメイド服似合わないっつーのかよ!!」
そうだそうだ、と加勢してくるのは、また別のグループ。
色々と不満はあるものの、最大の食い違いを見逃すことは出来ず、僕は意見することにした。
「あのクールな木崎がメイド服を着るということにロマンがあるんだろ!!」
「普段は女王様な木崎ががメイドだぞ!? やべぇよ燃える!!」
「……何か勘違いしてないか?」
「いや逆にメイド服で踏まれ……って何だ!?」
「黙れ阿呆共。僕は自分が着るだなんて言ってない」
声を荒げる生徒を一蹴し宣言すれば、教室が沈黙に包まれた。
しん、と静まり返った空間は、やがて爆発する。
「えー? 木崎君似合うよ絶対ー」
「そうだ木崎!全校生徒がお前のメイドを待っている!」
「いやむしろ全国民が……」
何だこの空間は。阿呆か。阿呆の集まりか。
今度こそ本気で止めさせるよう委員長を見ると、彼は黒板に「メイド喫茶」とデカデカ記入しているところだった。
「待て委員長。まず、僕はメイド服を着ない。そして僕は当日、風紀委員会の仕事がある。従ってクラスの催しには参加出来ない」
ひといきに言えば、明らかな落胆のため息がSクラス一帯を占めた。僕はこのとき初めて、今まで半年ほど自分が通っていた教室が、変態と阿呆の巣窟であるということを知った。
「えー? 木崎いないとかつまんない」
「煩い市川」
「いいじゃん委員会なんかサボっちゃえよ!」
「そうだ、クラスの方が大事だろ!!」
次々と飛んでくる声に、もしもここにロケットランチャーがあったならと強く思う。一体誰の許可で、学園祭が開催されるのか考えてほしい。
「まぁ、丸一日は無理でも、少しくらいクラスに貢献してよ」
委員長は早速黒板に役割分担を記入している。「メイド」の欄に、千原より先に僕の名前が書かれている。
「断る」
「へーえ。残念だな、集客の一番多いクラスには、学食から焼肉券が出るんだけどな」
委員長は右手の人差指と中指で挟んだ紙を、僕に寄越して見せた。
そこには「焼肉券(サンプル)」と書かれた紙があった。ありそうでない学食メニュー、「焼肉」を、クラス全員に振る舞う券だそうだ。
「千原にめぐに市川――…この三人でも客は集まるけど、三年のSクラスには敵わないしなぁ。木崎がいれば勝てるかと思ったんだけど、焼き肉は諦めるしかないかなぁ」
「はぁ!? 俺!?」
「ちょっと待ってよ北斗、何で僕が着るわけ!?」
「めぐは会議に参加してなかったから。市川は客寄せパンダね」
「ちょ………俺着ないから! 絶対着な……」
僕は手に持っていた紙で飛行機を折り、市川の額にスコーンと当てた。
「いっ!? なに……」
「狙うのは焼肉一択だ」
僕は「メイド」の欄に、市川と有坂の名を書き足した。
「焼肉が食べたいかぁぁああ!!!」
「うぉぉおおお!!!」
かくして、第一学年Sクラスの催しは決定した。
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