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「あぁ。予算案くらいなら修正は利く。まだ職員に提出していないものだから、早いところ手を回せば間に合う」
迎賓室からバターの香りが漏れてくる。今日のお茶請けは何だろう。ぼんやりとそんなことを考える。
晴一はその見た目に似合わぬミトンを嵌めた手で、嘉之先輩に一枚の紙を差し出した。
「何だ? これは」
嘉之先輩はややげっそりとした顔で、それを受け取った。
透ける文字を見て、僕は「あ」と声を上げた。先日の自分の選択が、やはり誤っていたのだと分かったからだ。
理事会から、職員とそれに準ずる生徒(この場合、生徒会と風紀委員会)に通達された文書であることは、先日見たその書類に印が増えていることですぐに分かった。何とも形容し難い不思議な文様は、古賀学園の校章である。それを印に用いるのは、理事長しかいない。
「さっき職員会からファックスで届いてた」
ぴしり、と嘉之先輩の表情が固まった。
「ここにあるのは、風紀の印だな?」
右端にある判をトントンと指で叩く嘉之先輩に、チカ先輩は「さぁ」と答える。
その書類は先日、僕が「面倒だから」という理由で認可の是非に懸けなかったものだ。
表題には、「古賀学園 学園祭実施の要項」と書かれている。
◇
これが、生徒会室の扉破壊に繋がる。
「失礼する!!」
無言の早歩きで生徒会室にたどり着いた嘉之先輩は、長身に見合った長い脚を軽く上げ、生徒会室の扉を蹴り飛ばした。普段はデスクワークばかりの嘉之先輩に、ここまでの脚力が備わっているとは思わなかった。隣のチカ先輩も「ワオ」と肩をすくめる。今度からあまり嘉之先輩を怒らせないようにしよう。潜在能力未知数の環先輩は例外として、もしかすると風紀委員会で一番恐ろしいのは嘉之先輩かもしれない。
生徒会室には幸運か不運か、役員が全員揃っていた。
「よっ、桐生」
「随分バイオレンスなノックだね。驚いたよ」
西園寺会長と美作副会長は立ち上がり、のんびりと応える。書記の近江先輩に会計の大倉先輩は、生徒会室に配置された応接セットでティータイムをしていたらしい、カップを持ったままぽかんと僕らを見上げている。クラスメイトで役員補佐の市川は応接セットのテーブルに乗っているのだが、それも生徒会活動の一環なのかと僕は問いたい。
「取り消せ」
嘉之先輩は手に持った書類を西園寺会長の額に思い切り張り付けた。目が据わっている。
「あ゛? ………あぁ、無理」
「ふざけるな。風紀の仕事がどれだけ増えると思っている。中等部生徒だけならともかく、外部の人間を入れるだと?」
「その辺決めたのは理事長だし」
「立案はお前だろう。今すぐ取り消せ」
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