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◇
「チカ、環、木崎」
僕らは迎賓室の前で、バケツを両手に持ち立たされている。
行き交う生徒たちが「風紀だ」「立たされてる」と囁き、時折携帯電話のフラッシュが光る。環先輩は涼しい顔をしているが、プライドの高いチカ先輩は我慢がならないようで、先ほどバケツの水をその生徒に向かってぶちまけ、嘉之先輩を怒らせた。
「大体いいんちょが悪いのだよ。僕らが引き受けた用事じゃないのに」
つんと横を向くチカ先輩は、その先にいた報道部の生徒に顔を思いっきり歪めた。僕も報道されるのは嫌だと思った。委員長の「昨日の放送、観たよ」と笑う顔が浮かぶ。
「確かに俺に非がないわけじゃない。でも、お前たちは引き受けてくれたじゃないか。俺はお前たちを信用していた」
理不尽、屁理屈。
そんな単語が頭に浮かびつつも、嘉之先輩のその言葉に、僕たち――僕とチカ先輩は項垂れた。その様子を見ていた先輩は、「まあ終わったことは仕方ない」と書類を僕らに向ける。
「で、この書類に認可出したのは誰だ」
「環」
「木崎に決まってるじゃないか」
「チカ先輩です」
出されたのは、生徒会予算の申請書だ。明らかに娯楽費が上乗せされた書類には、大きく風紀委員会の判が押されている。これは、風紀委員会が生徒会の予算増加を認めたという意味だ。
「待って下さい、何故僕に"決まってる"んですか」
「後輩だから。年功序列だよ」
「心外です。僕は書類を束ねていました」
「ちょっと待ってよキサキ君、ちゃんと内容の確認をするよう言ったじゃないか」
「どのみち僕は悪くない。桐生、このバケツを僕は破棄する!」
「ふざけないでくれないかな。逆に環、お前は何もしていなかったじゃないか」
「してないよ」
「引き受けた使命を果たさなかった。お前も連帯責任だ」
「ふん。命令は僕の専売特許だ」
「とにかく僕ではありませんから、バケツを下ろしてもいいですか?」
嘉之先輩は、はぁと深いため息を吐いた。
「もういい。俺が馬鹿だったのかもしれない、しかし言わせてくれ。チカはちゃんと内容を確認しろ。環はサボらずに委員会の仕事に参加しろ。木崎は………もっと、歳相応の可愛げを持ってほしい」
「ろくなことが書いていないと思ったから見なかっただけだよ」
「大体これは風紀の仕事ではないじゃないか。僕が参加する義務はないね!」
「可愛げは無くて結構です。妹で補います」
そのとき、嘉之先輩が今一度落胆したようにため息を吐いたとき、迎賓室の扉が開いた。
「終わったか?」
ひとり調理に興じていた、晴一である。
嘉之先輩が「あぁ」と後ろを向いた瞬間に、チカ先輩は報道部の生徒にバケツの水を浴びせ、環先輩は空になったチカ先輩のバケツに水を移し替え、まっとうな僕は両手のバケツを床に置いた。
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