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災厄の始まり
 
 
 話はやや遡る。
 生徒会の仕事を押しつけられた嘉之先輩は、テスト期間に入ると同時に、風紀委員会の活動を停止させた。


 「留守中は頼んだぞ」


 こうして迎賓室に残ったのは、膨大な量の書類であった。正直に申し上げると、要するに嘉之先輩は、書類を丸投げして一人テスト勉強に精を入れることを選んだのである。


 「こういうときに限って晴一はいないね」


 普段は嘉之先輩のものである席に腰掛け、チカ先輩は眉をしかめた。


 「一般クラスだからな。進学クラスで学年首席、頭脳明晰才色兼備の僕とは、遺伝子の段階から違う!」
 「ちょっと黙ってくれる」


 高らかに宣う環先輩を、ぴしゃりと撥ねつけるチカ先輩。

 こうして迎賓室に残ったのは、膨大な量の書類と、下級生の三名であった。それは、普段は書類に触れることすらしない三名であり、また風紀委員会の中でも非情な三名であった。


 「どうせ生徒会の書類なのだから、大したことは書いてないよ」


 チカ先輩は内容もろくに見ず、ポンポンと「認可」の印を押していく。

 僕は日付の印字された右端のみに着目し、書類を発行順に並べ直す。環先輩はインスタントの珈琲が不味いと文句を言う。七月十九日。ポンポンと印を押す音。九月一日委員会活動の報告。認可。環先輩はお茶の淹れ方は知らないからチカ先輩に淹れるよう指示をする。認可。知らないよ兄を見習って学べばいいよ認可。七月二十二日部活動予算案会議の総評。あんな兄貴を見習うくらいならミジンコを見習う。認可。認可認可。


 「………あ」


 やや見慣れない文字を発見し、僕は指を止めた。


 「あの副会長の方が、環よりも人間が出来ている分、見込みがあるね。お前は早いところ改心した方がいい」
 「ふん。美作の言いなりになっている兄貴なんて見ていてつまらないね。ミジンコが兄の方が愉しいに決まっている」
 「兄がミジンコなら弟は何なんだい。微生物? プランクトン? 特別に僕が顕微鏡で見てあげようじゃないか」
 「人間だよ。最も文明の発達した生物に相応しいからね、僕は」
 「お前なんかアメーバで十分だよ、単細胞」
 「僕のような天才を格下げすると困るのは人類だぞ」
 「ドライヤーで乾かしてあげるよ」


 論点のいささかずれた激戦を繰り広げる二人は、僕の呟きには気づかない。

 まあいいか、と僕はその書類を束にしてまとめる。
 チカ先輩の「認可」も捺されているし、これを撤回させるためだけに生徒会室に乗り込むのは面倒臭い。そもそもテスト期間中のため、生徒会室には誰もいない。

 僕は書類の事務的な手続きを早く終わらせるために、目を瞑ることにした。晴一がいないため、お茶請けは通信販売で取り寄せたものになる。それはそれで美味しいのだが、僕は晴一の作った白胡麻のプリンが食べたい。


 この決断は、生徒会室の扉が破壊されることに繋がる。




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あきゅろす。
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