祝賀会
『それでは、実里様の御生誕を祝って―――…』
バルコニー席から、会場を見下ろす。
宣言通り、司は会場に入ってすぐ、どこかへいなくなってしまった。どこかへ、なんて言ってもあの赤毛が見つからないはずがない。今こうして見渡せば、中央にあるステージの脇に立つその姿が見える。
一人ぽつんと残された俺は、ふらふらとしていたところ、ウェルカムドリンクを勧められ受け取った。ブッフェスタイルのパーティらしく、皆皿に料理を盛っている。そのどれもが美味しそうで、せっかく来たのだから大いに食べてやろうとこんもり盛りつけた皿を二階のバルコニー席に運び、今こうして座って食べている次第だ。
「あんな次女、どうでもいいってば」
すぐ脇を通り過ぎる、二人組の女性。
そのうちの一人が、会場を冷めた目で眺め言う。
「それより長男は? 今日いないわけ?」
「何か会議あって遅れて会場入りするらしいよ。それまでに次女と適当に仲良くなって紹介してもらおうよ」
「面倒臭いんだけど」
「仕方ないじゃん。行こう」
カツカツとヒールの音が遠ざかって行く。
………怖ぇ。
美人でスタイルも良くて華があって、怖い。
ていうか黒い。「誕生祝賀会なんて言っても実際は社交界」の意味が、分かった気がした。皆本当は誕生会なんてどうでもよくて、上流階級の人間とのコンタクトの場に利用しているだけなのかもしれない。
「お一人ですか?」
一口サイズにカットされたチキンを食べていると、向かい側の空いた席にトンとグラスが乗った。
金持ちは顔が良くなくてはいけないという法則が、どこかにあるのだろうか。顔を上げれば、そこには濃い顔の男がにっこりと笑っていた。
「はぁ」
俺に愛想振りまいても、いいことないですよー……。
しかし正面切ってそう言うことは躊躇われたので、俺は皿のチキンに視線を戻した。トマト風味のソースは実際のトマトを使っているらしく、皮の食感が舌の上で感じられ、美味しい。今度自分でも作ってみよう。
「失礼かと存じますが、見慣れない方ですね」
「はぁ」
俺の意図をまるで理解してくれなかったらしいその男は、笑顔を絶やさず椅子を引き、そこに座る。
おい、やめてくれ。何話していいか分かんないから。
「あなたほどの綺麗な方、一度見ていたなら忘れたりはしないでしょうし」
「…………」
料理に集中しようと決意したはずの俺はその言葉に、ぼろ、と口から鶏肉を零した。
何言ってんのこの人。
再び顔を上げれば、そこには先ほどと変わらない自信たっぷりの笑顔がある。
ヤバい。これは絶対。
男だらけの空間で総ホモ、な環境には慣れたけど、学園の外でこんなこと言われて平静ではいられない。
え、ちょ、マジで? 狙われてる? 狙われてる?
「倉科様」
ざわめく会場でも響く、涼やかな声がした。
「お久しぶりです。主君が倉科様に御挨拶を、というもので」
「…………あぁ」
「階下におります。倉科様さえ宜しければ、是非」
倉科様、と呼ばれた目の前の男は、小さく舌打ちをして席を立つ。
突然現れたその声の主は立ち去り際、俺に軽く会釈をした。歳は俺とそう変わらないだろう。
もしかしたら助けてくれたのかもしれない。
気づいたときにはもう、その少年の背中は小さくなっていた。お礼の一つも言えなかったことを、俺は後悔した。
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