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「お待たせしました」
そこでマヌカンさんが、ジャケットを数着持って現れた。
靴はさっき試着したものが用意されているし、これで全身揃ってしまう。もう後戻り出来ないのか……と深刻に思う。いや、実際深刻な問題だ。全身揃えられて一体幾ら掛かるのやら、いつかお金はお返ししたいと思うけど、そんな金は持ち合わせていない。第一パーティなんて何しに行くかも分からないし、俺はテスト勉強をしなきゃいけないという………
あ。
「エレナさん!!」
はっと現実に戻る。
しかしいつの間にか俺はジャケットを着せられて鏡の前に立たされていて、エレナさんは隣で不満げに鏡越しの俺を全身眺めている。
「やっぱ肩合わないわね。………そうだ、レディースでいいのがあったはず」
「女性物で御座いますか? ウェストにダーツが入っておりますので、男性には厳しいかと……」
「この子なら大丈夫です。四面構成のサテンのジャケット、ありましたよね」
「只今お持ちします」
何故か嬉々とするマヌカンさんは、足早に去っていく。
もういいや。今更帰るとか出来なさそうだし。帰り道も分からないし交通費も持ってないし。手ぶらだし。
「遅ぇよ姉貴」
次にドアが開いたとき、そこにいたのはマヌカンさんではなかった。
「だってアキちゃんって選び甲斐あるんだもの。顔は綺麗だし、細いからレディースもメンズも着こなせるし」
「つーか何、既製服着せてんだよ。フルオーダーしろ」
「馬鹿なの? 時間ないに決まってるでしょ」
馬鹿……もとい司は、黒いスーツをびしっと着こなしている。
シンプルなものだけれど、司の身体にぴったり合っている。くそ、長身イケメンは何着ても似合うのか。
「何でそんな機嫌悪そうなんだよ」
「ここでゴキゲンになる奴の気が知れねぇよ」
俺がじろじろ眺めていると、司は不服なのかと俺に問う。
いきなりこんなとこに連れて来られて、服着せられてウキウキしてたら順応性よすぎだろ。俺もそこまで柔軟な人間じゃないわ。
マヌカンさんが持ってきたジャケットを司が受け取り、俺の袖に通す。悲しいことにレディースであるそのジャケットは、俺の身体にぴったりだった。
「つーか姉貴は何でその格好なんだよ」
散々待たされたからか―――俺の着るジャケットの襟を直しながら、司は苛立たしげに言った。
言われてみればエレナさんは学園に訪れたときのまま、カットソーとミニスカートにファーティペットのカジュアルファッションのままだ。
「これから着替えるからに決まってるでしょ。ドレスの取り置きお願いしてるから、会場へ向かう途中で引き取って行くわ」
「ふざけんな。これ以上待てねぇし」
「誰も待てなんて言ってないわよ。ここから会場までは近いから、先に行ってて」
「は? 歩けってか」
「当たり前でしょ。私は車で行くけど」
「…………」
「あわわわわわかりました! 俺たち先行ってます!!!」
この場でバトルだけは止めてくれ!
司がキレそうなことを悟った俺は、ぐいと腕を引いてそれを制した。もうこうなったら、トラブルなしで終わらせたい。パーティでも何でも出るから、平和が一番です。
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