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「大倉先輩はどうするんですか?」
両手でティーカップを持つ大型犬、大倉先輩は、俺の声に顔を上げた。
「俺は、」
「悠仁は布作るんだよぉー」
「………先に言わないで。ばか響」
大倉先輩の言葉をまるっと奪ったらしい近江先輩。「バカって言わないで!」と言っているものの、多分悪いのは近江先輩だと思う。
「大倉製糸は主に糸の製造業だよ。その一環で機織りや布地の販売もしている」
家とも関係が深いんだよ、と言いながら、紫先輩がテーブルにポットを置いた。
今日のお茶は、珍しく紫先輩だ。最近は俺ばかりが淹れていたから、紫先輩の淹れるお茶は久しぶり。蒸し方が違うのか、紫先輩の淹れるフレーバーティーは本当に美味しいから、俺は自分で淹れるより好きだったりする。
「まあ僕は継がないけどね」
「………先輩、」
「あぁ、別に後継者に選ばれなかったからじゃないよ」
紫先輩はニコリと笑った。
「これは僕の意思。英国にある大学へ行こうと思ってる」
「イギリスですか?」
「うん。両親は今さら猛反対だ。でも今回のテストで結果を出せば、設楽先生が推薦書を書いてくれるらしいから」
「何で設楽せんせ?」
「知らないよ。まあ使えるものは使わないと」
近江先輩の方を向いて言う、紫先輩の横顔は黒い。
保健の設楽先生か………確か鳴海と仲が良い先生だったはずだ。いつも笑顔だけど、何か裏がありそうで怖い。
「ここだけの話」
紫先輩は人差し指を軽く唇に当てて、優雅に笑った。親衛隊なら確実に鼻血吹いて倒れてるレベルのお貴族ぶり。さすがです。
「両親は環が家を継がないらしいことに気づいて、今さら僕に泣きついて来たんだ」
「環……って、弟さんですか?」
「そう。環は何をやらせてもトップクラスだけれど、何せやる気がない。美作の家業も"興味がない"の一言でばっさりだ。両親はそこで僕に泣きついてきたわけだけれど、ちょっとタイミングが悪かったかな」
ニヤリと笑う紫先輩に、大倉先輩が「………きちく」とボソリと呟いた。
紫先輩なりの、ちょっとした報復らしい。御両親には同情するけど、俺は何となく清々しい気分だ。紫先輩が、家とか、名前に捉われずに、自分の意志で決められたのだから。
「ということで生徒会は今日から一週間休みだ」
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