針路
それは、朝のホームルームの出来事だった。
「進路調査書」。
ホスト教師・鳴海から配られたプリントには、そう書かれている。どうやら来週のテストと、それに伴う進路指導のために使うらしい。
「とりあえずテスト明けまでに出せ」
鳴海が気だるく言うと、教室はさわさわと騒がしくなった。隣に座る木崎は、それをまじまじ眺めて眉を寄せる。
「普通、第三希望くらいまで聞くものじゃないのか」
中学をサボりまくり、高校に進学する予定すらなかった俺には、"普通"が分からない。"普通"は「進路調査書」に掛かるのか、「教師」に掛かるのか。どっちでもアリだな。
返答に困っていると、前に座る有坂が代わりに口を開いた。
「この学園の生徒は進路なんて決まったようなもんだから」
「え?」
意味が分からなくて、俺は質問者を差し置いて首を傾げる。
「後継ぎとか、子会社に入ったりとか。親の経営する会社に入る人、多いよ」
「有坂も?」
「うん。知らない? A.R.I.っていうんだけど」
「へーえ。聞いたことないや」
何の気なしにさらっと言えば、前方から隣から視線がビシリと突き刺さった。
「………この学園でそんなことが言えるのは、お前くらいだ市川」
「我ながら僕も思うよ」
「えっ!!」
聞けば海外じゃ有名な企業だとか。周りを金持ちに囲まれているとはいえ、俺は庶民だ。会社名なんてまったく分からない。でも木崎も庶民なわけだから、単に俺が疎いだけなのかもしれない。
そんな俺の心情を知ってか知らずか、「まあ周りがあれだしね」と有坂は妙な納得をした。周り、というのは多分、司とか紫先輩とか、生徒会周辺を指しているのだろう。
「市川は?進路どうすんの」
「あー………」
急に俺の話になり、無意味に笑い言葉を濁した。
「どうしよう」
「知らないよ。市川は庶民なんだから進学しちゃえば?」
「絶対無理。馬鹿だし」
「今度の学年中間テストで結果出るよ。ちょっと頑張れば?」
「んー……あ、木崎は?」
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