風邪引きの一日
「………で。何で俺が駆り出されんだよ」
携帯電話の数少ないメモリー。アドレス帳の「さ」欄から晴一の名前を選び、メールを送った。
『風邪を引いた』。
おそらく朝のHR中であっただろう、それを抜け出してきたらしい制服姿の晴一は、僕の部屋のキッチンにある包丁で、まな板をトントンと叩いている。
葱の匂いがする。食材は晴一の部屋から、寮の食堂から集められた。晴一が来るなり味噌煮込みうどんを要求したはいいものの、この部屋には食材が無い。
「味噌煮込みうどんが食べたいと思った」
「………何でいきなり」
「宣之さんが、風邪を引いたときは作って下さった」
「………」
リビングのソファからカウンター式のシステムキッチンに向かって言うと、晴一は一度こちらを見遣り、諦めたようなため息を吐いた。
ピピ、と音がする。
脇に挟んでいた体温計を抜いた。これも晴一が自室から持ってきたものだ。デジタルな数字が、液晶画面に点滅している。
「何度あった?」
晴一がソファまで歩み寄り、身を屈める。
「………葱臭い」
「うっせえよ。お前が食べたいっつったんだろ」
「臭いものは臭い」
「葱だけ抜くぞ。で、何度あった」
僕は体温計を晴一に渡した。
受け取った晴一はそれを見、目を丸くした。
「八度六分!?」
道理で頬が熱いと思った。
「何でそんな平然としてんだよ!」
「少しふらふらする」
「もっと病人らしくしろ!」
「わがままを言うな」
キッチンの方から、鍋が噴き零れるような音がした。
舌打ちをしてキッチンへ駆けていく晴一の後ろ姿が、少しだけぼやけている。眼鏡をしていないからだった、と気づき、やはり脳細胞が熱でやられているのだと思った。熱が収まる頃には、少しだけ馬鹿になっているかもしれない。
「寒くないか?」
今の僕は、長袖のTシャツにカットソー素材のパンツを合わせている。
「少し、寒い」
この服装のせいかと思っていたが、もしかするとこれも熱のせいかもしれない。
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