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 「で、拉致ってきたわけか」
 「うん」
 「うんじゃねーだろ」


 耳に空いたピアスホール。アッシュブラウンに染まった髪。
 校風にそぐわないと思われる、いわゆる不良然とした風貌の先輩(おそらく年上であろう、と僕は判断する)の蹴りを避けきれず、ヘッドフォンを付けた先輩はそれをまともに喰らって悲鳴を上げた。


 僕は今、南校舎三階の迎賓室にいる。


 学食は中央校舎であるから、五分ほど歩いたのだろうか。ヘッドフォン先輩の手を振りほどくチャンスは存在したはずで、僕は数分前の己の行為を恨んだ。
 突拍子のない出来事に巻き込まれた場合、人はまず正常な判断を下せず、思考回路は停止する。
 つまり大事なのは勢いとスケールであり、僕はそれに飲み込まれてしまったのである。


 「申し訳ない。チカが事情を説明しているものだと……」
 「はぁ」


 応接セットに座らされた僕は、眼鏡を掛けた真面目そうな先輩(これは僕の憶測ではない。ネクタイが第三学年のカラーである、エンジなのだ)に謝罪をされている。
 ちなみに眼鏡を掛けているから真面目であると判断したわけではない。それなら僕も真面目で、のび太君も真面目だ。その法則が成り立つのなら、ドラえもんに頼らずとも、彼は生きていけるだろう。
 制服をかっちり着ているところや、言葉遣い、動作から判断したものである。血液型でいうならA型といったところだろうが、僕は血液型による性格判断をあまり信頼していない。


 お茶が出されたので、軽く礼をしていただいた。


 お茶を出したのは不良な風貌の先輩である。彼が淹れたのだろうか、しっかりと芯があるのに渋味はない。
 人を見た目で判断するのは止そう。そんな意味を込め、僕にしては珍しく、「美味しいです」と口にした。


 「今お茶を淹れたのが三年の桜庭 晴一。俺は同じく三年の桐生 嘉之だ」


 迎賓室に桜庭先輩の姿はない。どこかへ行ってしまったようだ。
 代わりに床に転がっていたヘッドフォン先輩が、「僕の紹介はないのかい」とムクリと起き上がった。


 「お前は自己紹介すらしていなかったのか………すまない、木崎。あれは二年の上ノ宮 千景だ」


 チカって呼ぶといいよ、と言い、ヘッドフォン先輩もといチカ先輩は奥の扉に消えた。
 入れ替わるように桜庭先輩が別の部屋から出てきた。お茶を運ぶときに使っていたトレーを戻しに行ったのかもしれない。


 「ここは、何ですか」


 日本語が破綻した質問だと気づいたのは、そう口にした後だった。

 来客を招くための迎賓室とされているだけあって、使われている家具や壁紙は高級な風格を持っている。十九世紀の英国、僕はこの部屋にそんな印象を抱いた。
 しかしその部屋を使っているのは招く側であるはずの生徒だ。

 ここで何が行われているのだろう。


 「ここは風紀委員が活動拠点として使用している。木崎は風紀委員について何か知っているか?」


 「知りません」と正直に答えた。
 話が長引きそうな気がしてきた。


 「風紀委員は、主に学園内の風紀の統治を活動内容としている。早い話が校内警備係だ」


 意外と早く説明が終わったので、僕は安心した。


 「風紀委員は基本的にスカウト制だ。他の委員会のように各クラスで立候補者を募っても、使い物にならなければ意味がない」


 僕はお茶に伸ばした手を止めた。

 嫌な予感がした。


 「まさか」
 「木崎を風紀委員に任命する」
 「嫌です」
 「速いな」


 だって僕にメリットがない。
 断る理由はその一言に尽きる。




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