--05
「"Arhate Samyaksambodhaya Tadyatha Aum"」
ひゅう、とまた風が吹いた。
今度こそ気のせいではない。髪が揺れている。シャツの襟首から風が入り、身体が大きく震えた。
「なっ――…」
「喋るな」
桐生先輩が口を開くと、環先輩がそれを制す。
科学室の机に腰掛けている、環先輩の髪もまた揺れている。その動きから、風はチカ先輩に集まるように吹いていることに気づく。
教室の中央に目を遣ると、チカ先輩が立っている。表情はやや苦悶を抱えている。
風を集めるチカ先輩の周りだけは、空気の流れが生じていない。まるで先輩の周りにだけ見えないシールドが張られているようだ。
「"Bhais-ajye-bhaisajye"」
実験器具が宙を舞っている。
あれは、武宮氏のものだ。
突如腕を引かれ、身体が大きく傾いた。
直後、ガラスの割れる音。
覚えのある香水の匂いに、晴一によって庇われたことを知る。
フラスコが、分厚い本が、標本が宙を舞う。
風はチカ先輩に向いているはずなのに、物質は生きているかのように好き放題飛んでいく。
―――『目に見えないものは信じたくない』?
今起こっていることは、確かに目に見えている。
信じるも、信じないもないじゃないか。
「"Bhaisajyasamudgate Svaha"」
そのとき、一際強い風が吹いた。
「ぅわっ!!」
「くっ………」
足が浮いた。
飛ばされる、と思った瞬間、再び腕を引かれる。
耳を劈くような風の音。
物が壁に当たり、破壊される。
「チカ!!」
環先輩の声を聞いた、その刹那。
ピンと、銀糸を張るような音が聞こえた。
あれは何の音だろうか。
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