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おわりのはじまり
 
 
 その日は学内の食堂で「和風ランチ・松風」を頼んだ。

 メイン一品と白米、漬物三種に汁物。
 質素な品目だが流石は「松」と付くだけあって(他には「竹林」と「小梅」がある)、素材本来の良さが活かされている。
 特に竹の子の漬物と菜の花のすまし汁が美味い。鰈の煮付けは味がよく染みていて、ほんのり甘い。

 旬の食材をバランス良く用いた昼食に舌鼓を打っていると、


 「竹の子美味しいかい?」


 頭上から声がして、思わず箸を止めた。

 その声の主は空いていた向かい側の席に座ると、まぐろ丼の乗ったトレーをテーブルに置いた。

 まぐろ丼の似合わない人だ、と思った。

 茶色い髪の上からヘッドフォンを装着した彼は、意志の強い野良猫のような、大きな瞳を僕に向けていた。制服は着崩していて、指定のブレザーではなくパーカーを羽織っている。
 体躯も小柄で、正直ウィッグを被って「女子です」と言われたとして、何の疑念も抱かないであろう。


 「美味しい、です」


 しかし僕にこんな知り合いはいない。
 クラスメイトとの最低限の会話しか交わしていない僕には、知り合いと呼べる存在すらいない。入学して三日、中高エスカレーター式の学園では顔見知り同士が多いらしく、次々と形成されていくグループから、気づけば僕は孤立していたのだ。

 何年生だろうか。

 古賀学園の指定ネクタイはグレーのブレザースタイルに合わせ、第一学年はストライプ、第二学年は濃紺、第三学年はエンジと決まっている。
 しかしこの人はネクタイをしていないため、ネクタイによって学年を図ることは不可能だ。
 雰囲気から新入生でない気はするが、ならば尚更、僕に接触する理由が分からない。単なる相席者へのコミュニケーションだろうか。

 ならば深読みすることもないな、と再び昼食に箸を伸ばす。
 が、未だ向かい側から視線を感じた。
 顔を上げると、先輩(仮)が僕の動きを観察していることが分かった。

 大変食べにくい。

 しかし動きを止めるのも妙なので、そのまま竹の子を口に運んだ。先輩は僕を見つめながらまぐろ丼を食べており、僕らは見つめあって食事を摂る形になった。

 ぽり。ぽり。ぽり。

 竹の子を咀嚼する音が二人の間に流れた。


 ◇


 先輩は食事を摂るのが早く、しかし席を立つこともなく、僕は最後にすまし汁を飲み干すまでをじっと見られていた。
 何となく食べた気のしない食事だった。


 「キサキ君、食べ終えたかい?」
 「………はぁ」


 先輩は僕が食べ終えるのを待っていたかのように言うと、


 「じゃあ行こうか」
 「はい?」


 僕の手を掴み、


 ―――拉致した。




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