誓い
帰りのタクシーの中は、皆無言だった。俺も、晴一さんも、司も。
長い休暇がようやく終わる。黄昏にタクシーのヘッドライトが点いた。山道に対向車はない。夕陽は沈み、月はまだ出渋っている。ここには光がない。
「晶」
突然名前を呼ばれて顔を向けると、司がこっちを見ていた。
「あの二人に会ったときのこと、覚えてるか?」
あの二人、っていうのは多分、黒崎さんと赤峰さんのことだ。覚えてるも何も………夜の街に顔を出す以上、今さら忘れられない。
あの頃の俺にとって夜の街は遊び場で、二人がそこを荒らしてるのが許せなかった。
黒崎さんと赤峰さん。殴り合う二人の総長を、俺が止めた。
「喧嘩したいならすればいいし、イラついてんなら発散すればいい。でも俺は、自分の好きな場所が壊れてくの、黙って見てらんないです」
今思えば命知らずだ。二人とも疲れてたから良かったけど、本気の黒崎さんと赤峰さんの拳をダブルキャッチとか絶対無理。死ぬ。
「そういえばあのときに、司と知り合ったよな」
タクシーが学園に到着した。今度は司が料金を払うのを待って、タクシーから降りる。晴一さんはすでに先を歩いている。
そうだ、あのとき俺は司に出会ってキスされて…………あぁああ変なこと思い出した。
「あのとき俺はお前に惚れたんだよ」
「え?」
何と?
目を丸くする俺を、司は目を細め喉の奥で笑う。
「一目惚れ? こんなに誰かのこと好きになるとか、思ってなかったわ俺」
背後でタクシーがエンジン音を立てる。
驚いて振り向くと司に右手を引かれ、心臓が跳ねた。
足の長い司に、追いつくために小走りでついて行く。
何か言わなきゃ、と思っても、何と言っていいのか分からない。「いやー俺ってばモテモテだからさぁ」とか、今日に限ってはそんなことを言っちゃいけない気がして。
「ルイはチームに関わったから消された。"scopion"が息潜めてる以上、お前も油断出来ねぇ」
「何で俺が……」
「ルイは二人を止めた。お前も二人を止めた。それだけで十分だ」
いきなり何を言い出すんだ。
「お前は死なせらんねぇと思ったよ」
振りほどこうとした手をぎゅっと強く握られて、心臓も一緒に掴まれたみたくぎゅっと痛んだ。
離せよ、不安になるから。
「好きだ」
振り返った司は笑っていて、それは不敵な笑みでも作り笑いでもなくて、今までで一番優しい顔だった。
―――本気だ。
最初に出会ったときから。
今日まで俺に向けられてきた気持ちは。
今日まで俺がはぐらかしてきた気持ちは。
東門を潜って寮に入る。
休暇は終わり。明日は始業式。講堂に行って、生徒会として仕事して。
全校生徒が憧れ、羨み、恋までするほどの絶対王者。その気持ちは、いま俺ひとりに注がれている。
司を好きな人が、いる。
今の俺になりたいと思う人がきっといて、まだ分からないけど俺はきっと、幸福者なんだ。
向き合わなくちゃいけない。
自分の気持ちに。
もうはぐらかせない。
司の気持ちを。
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