ルイ
夏季休暇最終日。
司の家のバイトも無事終わり、給料も振り込まれた。通帳に印刷された数字は高校生が稼ぐ金とは思えなくて、でも俺の頑張りの報酬だと思えば嬉しい。モデル料は別で貰えるらしいけど、エレナさんのお金で焼肉を奢ってもらったから、何となく気が引けてしまう。
今回バイトをするにあたって、口座を作った。「手渡しでもいいけど、いずれ使うだろ」と司に勧められたのがきっかけだ。手続きは久良さんと麗さんに助けられながらどうにか完了し、俺の手元には「市川 晶」と印字された通帳とカードがある。
ATMを操作し、母さんの口座番号を入力した。直接渡してもよかったけど、母さんは忙しい。第一、金関係の話で直接会うのは気まずかった。
西園寺家から振り込まれた給料の一部を、母さんの口座に送る。ボタン一つで簡単に操作できるんだから、本当に便利だ。
「終わったか?」
駅のATMコーナー。
混み合うそこから少し離れた場所で、司と晴一さんが俺を待っている。
「あ、うん」
「給料振り込まれてたか?」
「うん」
「ちゃんと母さんに送ったか?」
「うん」
「間違えても戻ってこねーからな。口座番号間違ってねぇかもっかい見とけ」
「馬鹿にすんじゃねーよ」
失礼な司に言うと、「だってお前間違えそう」とにやにや笑いが返って来た。呆れ顔の晴一さんが「行くぞ」と促し、タクシー乗り場へと向かう。
久しぶりに見た晴一さんに、あぁ今日で休暇も終わりなんだな、と実感してしまう。明日から二学期。海もお祭りも花火もないまま、今年の夏は終わりそうだ。
「お供えとか」
前を歩く二人に声を掛ける。
「買わなくていいのか?」
「あー……」
「置く場所ないから買っても無駄だ」
しまった、と足を止める司に反して、晴一さんはすたすたと先を行く。
「どういう意味ですか?」
追いかけて訊くけれど、晴一さんは「行けば分かる」とげんなりした表情を見せるだけで、詳しく教えてはくれなかった。
駅前のロータリー。最初に目についた白いタクシーに乗り込む。俺は助手席に座ろうとしたけれど、司に襟首を掴まれ後部座席に放り込まれた。てめぇ、Tシャツ伸びたら弁償しろよこのやろう。そんな意味を込めて睨む。が、司は長い脚を組み平然とした顔で俺の隣に座っている。俺が座ろうとした助手席には、晴一さんが座っていた。
「どちらまで?」
誰にともなく言う運転手の声に、答えたのは晴一さんだった。
「高台墓地まで」
◇
ルイさんが死んだのは、俺が中学二年生のときだ。
俺はルイさんを知らない。会ったことがない。ルイさんという存在を知ったとき、彼女はすでにこの世にはいなかった。それでも、二年が経った今でも、夜の街にはルイさんの影が落ちる。
ストリートチーム"Noir"。
ルイさんは、"Noir"総長の恋人だった。
気が強くて、曲がったことは許せない。けれど今ひとつ掴みどころがなくて、名前を呼ぶとパッと笑う。
それまで"Noir"と、対抗勢力の"Rouge"の抗争で荒れ果てていた夜の街は、ルイさんの存在がきっかけで統治されていった。ルイさんが抗争を止めたのだ。
でも、ルイさんは夜の街に関わったことがきっかけで、この世からいなくなった。過激派チーム"scopion"の総長に、二つのチームの総長―――黒崎さんと赤峰さんを誘き寄せるための"餌"として、ルイさんは監禁されたのだ。
激しい暴行の末、ルイさんは亡くなった。内臓が破裂していたそうだ。
俺が黒崎さんや赤峰さんを知ったのは、その一年後。中三の春だった。
ルイさんを失い、再び無法地帯となった夜の街。乾ききった荒野に咲く、二輪の花。
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