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 桜庭先輩をキッチンへ案内するため、先輩と一緒に再びリビングを出た。
 リビングからダイニング、ダイニングからキッチンへ向かう。扉を隔て、三つの部屋は繋がっている。廊下を通った方がルートとして分かりやすいのだが、主に使うのはこの通路となるだろう。あくまで案内であるため、僕はこちらの道を選んだ。


 「お前の妹すげぇな………」


 桜庭先輩はげっそりとした顔で言った。
 おそらく、いや確実に茜は怒っている。それは暇を持て余していたということもあるだろうし、出掛けの約束をした僕が消えたということもあるだろう。その矛先が、少なからず関わっている(僕と桜庭先輩は一緒にいたため)先輩に向いたのだろう。だが僕は止める術を持たない。御愁傷様としか言い様がない。


 「京都の女性は皆ああですよ」
 「確かに……つーかお前、京都暮らしのくせに標準語だよな」


 何故このタイミングで聞いたのかは知らないが、僕は古賀家のしきたりで本家にいたことを説明した。桜庭先輩は「だからか」と納得したようだ。


 「つーか材料とか勝手に使っていいのか?」
 「多分大丈夫でしょう。僕が責任を取ります」
 「ぅわ、釜戸とかある……すげぇ」
 「宣之さんが家で働き始めた時に設置したんです」


 とりあえず、僕は手近な台に腰掛けた。ラップの掛かった皿に、おむすびが載っている。宣之さんが用意して下さったのだろう。おにぎりの頂点からはみ出る海老の尾に、嬉しくなった。僕は天丼のたれを美味しいと思う。そのため、天むすが美味いと思う。


 「親父が?」
 「はい。宣之さんとの契約は、宣之さんを料亭から引き抜く代わりに、桜庭 宣之という人材をあらゆる面においてバックアップすることですから」


 我が家の厨房の改装もその一環だ。宣之さんは週に一度向かう料亭の新メニュー開発などにも、この厨房を利用していた。キッチン、というよりは厨房、と呼ぶに相応しい台所だ。
 その他、祇園にある料亭の改装や、東京・銀座への出店の際も、我が家が一時的に金銭を貸し出ししていた。


 「へぇ………お、梅酒だ」


 桜庭先輩は酒造庫を開けた。簡易式のワインセラーのようなものだ。中には母が飲むワインを始め、あらゆる酒類が貯蔵されている。別段飲酒を好まない僕としては、特別な価値を感じない。


 「これ使っていいのか?」
 「どうぞご勝手に」


 なのでその梅酒がいかに高価なものであっても、僕には分からない。使っていいか否かの判断はつきかねる。が、多分問題ないだろう。何か発生したとしても、僕に責任はない。

 ボウルを取り出し、慣れた手つきで何かを作る桜庭先輩を、僕は天むすを頬張りながら、眺めていた。先輩が作る菓子は食べてきたが、作っている姿を見たことはないな、と思った。


 「何作ってるんですか?」
 「ん? ナイショ」


 滑るように動く手つきを、僕は茶道と重ねていた。茶道における一連の動作は、最小限の動きで済むよう美しく定められている。桜庭先輩の所作も、日本の伝統美を感じさせるなめらかさだった。

 平たいトレーのようなものに、液体を静かに流し入れる。それは冷凍庫にしまわれた。


 「アイスクリームですか?」
 「阿呆。冷蔵庫だと固まるのに時間掛かるから、冷凍庫にしたんだよ」
 「阿呆は余計です。冷蔵庫で作るはずのものを冷凍庫で作ると、温度の関係で固まりに差が出るから良くないと聞きました」
 「………何でそんなことだけ知ってんだよ。時間ねぇから短縮。黙ってろよ?」
 「味見させてくれたらいいですよ」
 「……味見出来るものねーよ」


 これくらい、と小さな青梅を差し出されたが、まったく魅力を感じなかった。
 何ということだろう。もっと気を利かせろ、と理不尽にも思った。

 小さなカップに青緑の液体を注ぎ、それも冷凍庫に入れた。入れ替わり、先ほどのトレーが出てくる。透明なそれをまな板に出し、包丁で細かい立方体を幾つも作り出している。
 ぼんやり眺めていると手招きされ、もしや包丁で刺されるかもしれないと警戒しながら近寄っていくと、立方体を口に放り込まれた。


 「………」
 「美味い?」
 「蜂蜜の味がします」
 「水と蜂蜜。ゼラチンで固めた。後はこいつをこれに掛けて……」


 冷凍庫から、先ほどのカップが出てきた。青緑に透き通ったそれに、立方体をぱらぱらと振りかける。


 「梅酒のゼリー……ですか?」
 「当たり。食えるよな?」
 「食べます」




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