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 「……やっぱ女の子だから難しいですかねー」


 数枚シャッターが切られ、その隙間にアシストカメラマンのため息交じりの声が聞こえてくる。


 「ちょっと休憩取ろっか。五分休憩ー」
 「お疲れ様でーす」
 「お疲れ様でーす」


 そこで何と、撮影が中断されてしまった。
 司の手が俺の頭から離れる。突然の展開にぽかんとする俺。俺のせい、なんだよ、な?


 「晶君、顔赤いよー」


 由美さんに手を引かれ、スタジオの隅の椅子に座らされる。傍らにメイクボックスを置き、俺の頬にぺたぺた何かを塗り始めた。


 「え、っ!?」
 「まぁ司君カッコいいけどさー。仕事だから。顔赤くなるとイメージに合わないし、メイクも台無しだから」
 「う、あ、はい」


 だってあんな急に、至近距離に来られたら緊張するっての!
 そもそも、休暇に入ってからまともな会話すらしてないのに。朝出かけて夕方帰り、その後は寝るまで部屋に籠っている司とは、一日のうちに顔を合わせる回数すら限られていた。

 ………ダメだ。こんなこと言ってたら、撮影が終わらない。
 そうだ、これは仕事。これは仕事。俺と司は初対面で……ここまで思わなくてもいいか。いや平気だよ、俺たちだってキスまで済ましちゃってるから! ……と考えて、また体温が上がる。「ほらー、またメイク崩れるー」と呆れた風に、由美さんが手扇子でぱたぱたと風を送る。

 ていうか、司は何とも思わないんだろうか。

 スタジオの奥にいる、司の方を見た。お菓子やドリンクが積み上げられたケータリングスペースで、エレナさんと何か話しながら、ペットボトルの水を飲んでいる。横顔は不機嫌そうで、けれどエレナさんが二言三言話せば少しだけ、その強張った表情が緩むのを遠目に見て取れた。


 (あ、そっか。)


 そこでようやく気づいた。
 この前、大学にお菓子を届けに行ったあの日から、どうも拭えない違和感。

 初めてなんだ、司が俺を見てないってことが。俺なんか興味ないって顔されるのが。
 四月、まだ俺が変装してたとき。学食で会ったあのときも、きっとこんな気持ちだった。

 司はいつも俺を見てるから、今みたいに俺を見てないことの方が少ないんだ。俺が見たとき、いつもこっちを見ていてくれるから。


 「撮影再開しまーす」


 今はモデルの仕事中。お金もちゃんと貰って、仕事としてやってるんだ。
 司はそれを分かってて、真剣だから、俺に触れても何とも思わない。俺の方を向いてくれない。

 司の顔を包み込むように、両手で押さえる。
 瞳の奥の奥まで覗き込むように、司を見た。こいつの瞳の色を、初めて知った。自分から近づこうとしなければ、それは分からなかったこと。


 「目線だけこっち向けてー」


 司の視線が俺から外れる。

 現代から過去に戻るアリス。
 帽子屋と離れ離れになる。

 まるで焦がれるように、その時の俺は強く思った。
 灼きつくように。
 消えない印をつけるように。



 (俺を見て。)






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あきゅろす。
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