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「いい?入ったらおはようございます、終わったらありがとうございました、よ」
「はい」
「俺とか言ったら駄目」
「はい」
「声は気持ち高めでね」
「は……はいっ」
「そうそう、そんな感じ」
エレナさんに念押しされながらメイクルームを出、よろよろ歩きながらスタジオへ向かう。
岡部さんの選んだ四着のワンピースは、「この中から一着」ではなくて「これ全部着る」だった。シースルーのやらレースのやら四枚重ね。レースが縁取られた足首丈の靴下には、赤いヒールのパンプス。頭には顔の半分くらいある大きさの、レースのヘッドドレス。
靴も頭も肌も重い。こんな状態で歩けというんだから、エレナさんもひどいことを言う。スタジオに着くまでに汗をかきそうだ。
「おはようございまーす」
「おはようございまーす」
カメラマンさんや別のスタッフさんたちはすでに待機していたらしい。スタジオに点在する人たちに向けて頭を下げる。ヅラ、落ちないよな?
さっきとは別の汗をかきそうな俺の耳元で、「今近づいてくる人」とエレナさんが囁いた。
「あれがカメラマンの菅谷さん」
「おはようございます、西園寺さん。と、アキちゃんだっけ? よろしく」
「おはようございます」
「よ、よろしくお願いします!」
"アキちゃん"?
呼び名に一瞬ひくりと頬が動く。が、耐えろ俺。今、この女装姿で男だとバレるのは嫌だ。変態だ。
「司君の友達なんだよね。いい子見つけましたね、西園寺さん」
「えぇ。初めて見たとき、この子だって思いましたの」
「オーラありますもんねー。いいと思いますよ、素人に見えない」
「あははははは」
素人どころか、男だったりして。
ふと視線を移すと、スタッフさんから離れたところに、ひときわ身長の高い影があった。後ろ姿でも、赤みがかった茶色の髪は誰のものか一目で分かる。
「司!!」
一人ぼんやりしてる司の元に、俺は走って行った。途中足首を捻りそうになって、何とか持ちこたえる。そうだ、今はヒールを履いてるんだった。司の正面に立った今、いつもより目線が近い。
「晶、――…!?」
「おはようございまーす、アキですっ、よろしくい願いしまーす」
どうせならネタにして笑われてやろう、と小首傾げてポーズを作る。
司はそんな俺を見、眼を見開き、何と逸らされた。
「…………」
「スルーかよ。腹立つ」
「いや、………やっぱ断ればよかったわ、お前がモデルやるの」
「は? 悪かったな似合わなくて」
女装が似合っても嬉しくないですけどね。
司は何やらお洒落なシャツの上に、変形ベストを首に巻きながら羽織っている。ボトムは俺のジャケットと色違いの、ストライプのパンツ。モスグリーンのそれは司の髪色に不思議とマッチしている。
身長高いし顔もいいし、モデルとか向いてるよなぁ、こいつ。そういえばエレナさんが、前にもモデルをしたことがある風なことを言っていたのを思い出した。
「ムカつく」
「あ゙?何だよ急に」
「男として。俺のプライドが」
「可愛いじゃん」
「それが腹立つんだよ!!」
おーいそこの二人、と菅谷さんに呼ばれ、俺は司を置いてその場を離れる。どうせ向かうところは同じなんだけれど、一緒に行く気にはなれなかった。
早足になる俺の横を、足の長い司が通り過ぎていく。
「歩くの遅くね?」
「………ヒール履いてんだよ馬鹿!」
早足になったのは、気のせいだったらしい。
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