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ダイニングの空気が張り詰めている。
「………」
「あんた実家帰って来ないよね」
俺は今日のディナー担当(当番制)。久良さんは今頃厨房でデザートを作っていて、麗さんはエレナさんのために客間の掃除をしている。
お茶をサーブした時からエレナさんに話しかけられて、ディナーの手伝いも出来ないまま司様ご帰宅。とりあえず解放された俺はマッハでテーブルセットをし、久良さんがパンを焼くのを手伝って、もう今日はいつもの数倍の速さで動いた分だけくたくただけど、仕事はまだまだ終わらない。
「………大学の講義受けるって言ってあっただろ」
「うん。晶、バケット貰えるかしら」
「は、はい」
背中にあるワゴンからバスケットとトングを持って、腕を下げ気味に中身を見せる。
エレナさんのネイルで彩られた指先が、「これと、あれ」と目当てのパンを差す。美人は指まで綺麗だな、と感心するのは、緊張を少しでもほぐそうとする努力だ。
こういう本格的なディナーは経験したことない。いつもなら一気にテーブルにサーブしてたけど、今日は一品ずつ。
ワインの開け方や注ぎ方は麗さんに習ったけど、初めてだからやっぱり慣れない。バルバレスコとやらのボトルは二本しかないから落とすな、と散々釘を刺され、今俺はダイニングに立っているのだ。ならあの二人がサーブすればいいのに……と思ったけど、「何か粗相があったとき、司様は晶に一番甘いから」と、二人はこの重大任務を俺に押し付けた。ずるいと思う。
エレナさんは気づいているのかいないのか、司は明らかに機嫌悪い。
俺はといえば、そもそも司にお姉さんがいたことを、今日知りました。今まで知りませんでした。カルチャーショックです。
「せめてアポ取れ」
「高校生のガキがアポとか言うんじゃないわよ。大体ここは私の家でもあるんだから」
「………晶。水」
「……はい」
こいつ、話そらすために俺を使ったんじゃないよな。
ピッチャーを司のグラスに傾けると、「やっぱガキねー」とエレナさんは笑った。
「アルコールは二十歳からだっけ?あんたまだ飲めないからねー」
「黙れ年増」
「失礼ね。まだ二十六よ」
「十分歳食ってんだよ。おい晶」
「はいっ!」
「ワイングラス持ってこい」
…………何と!?
そんな見え透いた挑発に乗んなよ………と思いながら、ダイニングにある棚からワイングラスを取り出す。所詮今の俺は使用人、ご主人様のお言葉は絶対だ。たとえそれが犯罪行為であったとしても。
未成年の飲酒は法律で禁止されてますよー……。
グラスに赤ワインを注ぐと、司は一気に飲み干してエレナさんを睨んだ。ショートカクテルかよ。
「そもそも姉貴は何で来たんだよ」
「あ、そうそう。それが本題なの」
エレナさんはニッコリ笑いながらステーキを切り分ける。そろそろワインの残りが少ないことに気づき、俺は新しいボトルを開けようとポケットを探りオープナーを取り出す。
「実はね、司にモデルやってもらおうと思って」
「ぇえっ!?」
つるりと、手からオープナーが滑り落ちてポケットの布地に埋もれた。
あ、まずい。
「あ、いや、あの」、しどろもどろに何か言おうとする俺を、エレナさんはクスッと笑った。
「私、雑誌の編集やってるの」
「………あ、そうですか……」
だからお洒落なんだ……。
突然会話に混ざる形になり、普通に返してしまった。
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