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 タクシーに揺られている。
 あの後電話でタクシーを呼んだ麗さんは、「東大まで」と運転手に告げると笑顔で俺を送り出した。おいおい、怒られるのは俺かよ。と思いながら、久良さんの泣き出しそうな顔を思い出すとそうも言っちゃいられない。二人はともかく、俺は最悪クビになっても大丈夫、アルバイトだし。多分。

 司は毎日、大学に通っている。勿論生徒としてじゃない。あいつはまだ、俺と同じ古賀学園の生徒だ。
 「学園では受けられない講義がある」とかで、都心の旧帝大に講義を聴きに行っているらしい。何でも自ら頭を下げて、大学の授業を受けているとか。あの俺様が? 頭下げて? えーありえないうける、なんて思っているわけじゃない。

 意外と努力してるんだ、と驚いた。
 あの学園の中では俺様キングの西園寺 司様も、外に出たらちゃんとやってるんだ、って。


 「―――着きましたよ」


 キ、とブレーキ音がして、タクシーが停車した。
 煉瓦造りの、時計塔のような建物は、いつかテレビで見たことがあるような気がした。汗を拭う人たちがそこに吸い込まれていく。おぉ、ここが日本で一番頭イイ大学か。
 お金は麗さんがあらかじめ払っていたらしく、料金を支払うこともなくタクシーは走り去っていく。紙袋を提げてぽつねんと突っ立っている俺は、少し浮いている気がした。

 時計を見ると、午後三時。

 久良さんいわく、十五時半までは別の教授の講義を受けているらしい。その後「壽先生」に会うまで、三十分の間がある。その間に司と連絡を取ってお菓子を渡さなくちゃいけない。一応メールは入れてあるけど、講義中なら携帯を覗く暇もないだろう、とのことだ。


 「………会えんのかな」


 ざっと見、古賀学園並みに広い敷地に、俺はげんなりした。学園並み、と言っても高等部キャンパスしか知らない俺は、古賀学園の敷地総面積を知らないわけだけれど。

 呟いた俺を、通り過ぎる人たちがじろじろと眺める。見られて気づく、白シャツに黒スラックスの俺は、どう考えても場違いだ。「西園寺家のハウスメイドとして、あまり品のない格好はさせられないから」と、このまま屋敷を出されたのだ。黒ベストだけはせめてもの抵抗として脱いで来たけど、これはこれで変なやつだと思われかねないような気がする。


 麗さんいわく。


 壽先生とやらと会うのは、おそらく大学の外だという。つまり一度門の方に来るはずだから、下手にうろつくよりは門の前で司からの連絡を待つのが賢明ですわ。とのことだ。
 敷地内にあるベンチに座った。うだるような暑さがじりじりと肌を焼く。司の受けている講義が終わるまで、あと三十分はある。

 俺は司のことを考えていた。
 あんな気ままに見えるくせに、ちゃんと考えてるんだな、って考えた。

 大学で勉強していると聞いたとき、最初ショックを受けた。そんなことしてるってことにも驚いたし、俺がそれを知らないということにも驚いた。
 そうやって考えたら、俺は司のことを何も知らないことに気づいた。司について、俺は学園に入学してから知ったことが多い。それまではむしろ、俺は司の顔と名前しか知らなかったといえる。勿論俺様でナルシストなところは知ってたけど、意外と子供っぽくて馬鹿でアニメDVDが好きだということは知らなかった。(髪を赤く染めた俺様野郎が「風の谷のナウシカ」を観て泣いているところなんて、誰が想像出来るんだ)

 俺はまともに司の話を聞いたことなんてあったのかな。司と向き合って、自分の話したり、司の話聞いたことなんてあったかな。そういうことするのが友達なんじゃないか。

 ………そもそも俺と司って、何?


 「わ、わっ!」


 頭が朦朧としたそのタイミングで、手の中の携帯が震えた。予定よりも少し早い、電話の発信元を確認し俺は通話ボタンを押した。


 「も、しもし」
 『晶お前今どこにいんの』


 おいおい、この暑さのなか、外で待機してた使用人に向かって第一声がそれかよ。


 「門の前。あっつい。溶ける」
 『は? 門、って………外かよ』
 「どこにいんのか分かんね、」


 えじゃん、と続けるより早く、電話は切れた。

 さすがにその仕打ちは、ムカつく。何だその態度は、それが使用人に対する態度か! …………態度か。
 しかし司がどこにいるか分からないから、俺もどう動けばいいのか分からない。とりあえず司からの着信を待とうと、再び携帯の画面を閉じて右手に握る。汗ばんだ手のひらの上で携帯は滑り、音を立ててベンチに転がった。菓子折りが、チョコレートや生菓子でないことを祈る。


 「………溶けるぞ、マジで」


 急に影が落ちた。

 顔を上げれば、息を切らした司が眉を寄せてそこに立っている。講義が終わってすぐに走って来たんだろう。ご主人様を走らせるとは、俺もいい身分だなぁとぼんやり思う。


 「熱中症になんだろ。どっか入ってろよ」
 「ぁん? ご主人様のために待ってた使用人をそこまで言うかよ」


 悔しかったらお前も溶けてみろこの暑さで!と意味不明に凄む俺に、司はチッと舌打ちをした。


 「………悪かったよ。さんきゅ、持って来てくれて」
 「え、あ、あぁ」


 そこまで素直に返されると、逆に怖い。明日には荷物まとめて追い出されるんじゃないかと本気で思うじゃないか。




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