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西園寺家のお仕事

 
 次の日からは、朝六時起床。
 六時半に厨房に集まって、ティータイム。これいらなくね?と最初は思ったりもしたんだけど、この後仕事をこなして、俺たちの朝食は九時を回る。だからティータイムにつまむお菓子は、ちょっとした腹ごしらえになる。
 七時からは厨房で朝食作り。半分を回ったところで司を起こして、八時に朝食をサーブ。司を見送って、食べ終わった食器洗って、ここでようやく俺たちは朝食にありつけるのだ。
 それからは、掃除だの洗濯だの芝刈りだの買い出しだの………ちょっとした雑用がちまちまとある。途中で昼食を挟んで、司が帰ってくるまでは掃除。邸内は土足だから、廊下は一日二回磨く。俺たち使用人を除けば司一人しか使わないはずの屋敷は、意外にも掃除する場所が多くて驚く。

 今は二時過ぎのティータイム。
 丁度手が空いた俺に、久良さんと麗さんから声が掛かった。実はこのティータイム、朝を除いても一日二回は行われている。使用人なのにこんなことしててもいいんだろうか、と思うけど、二人は平然としているから、多分いいんだろう。


 「はい、どーぞ」
 「ありがとう、晶」
 「ありがとうございます」


 今日のお茶当番は俺。生徒会で紫先輩にビシバシしごかれたから、お茶淹れには少し自信がある。ちょっとでも葉が開きすぎてたり、逆に薄かったりしたら、ブリザードスマイルでガン見される。砂時計の砂粒ひとつ油断出来ない。


 「今日の茶葉は何かしら」
 「えーっと………キームンです! お茶菓子が月餅なので、合わせてみました」
 「香りがしっかり出ていて美味しい。晶はお茶を淹れるのが本当に上手だわぁ」


 魔王様のお茶汲みやってますから。

 俺も席に着いてお菓子に手を伸ばした。月餅は、この間司が持って帰って来たものだ。「あら、中村屋ですね」と麗さんが言っていた。有名店のお菓子らしい、けれど俺は知らない。山奥の寮暮らしが板に付いて、コンビニ菓子にすら乗り遅れるくらいですから。

 
 「只お茶を淹れるのは簡単だけれど、お茶の葉を開くのはコツがいること」


 麗さんがカップに鼻を近づけはにかむと、


 「お茶の葉が開かなければ、それは只の色付き水です」


 久良さんがクスクス笑った。


 「晶は誰に教わったの?」
 「魔お………じゃなくて、学園の先輩です」


 教わったというか、叩き込まれたというか。
 ボウルに盛ったマロングラッセは、久良さんのお手製だ。「栗が余ったから、まかない」とか言ってたけど、その「余った」栗は、確か茶碗蒸しに一粒入れてただけのような気がするんですけど。「余らせた」「余分に買った」とは違うんですか、と言ったら、久良さんは「あらひどい」とクスクス笑っていた。結局答えは聞いていない。

 そんなことを思いつつ、ピックで一粒刺して口に放り込むと、ほっくり甘い味が広がった。


 「お仕事も慣れてきたし、晶は飲み込みが早いわ」
 「順応性があるのね」
 「はぁ……」


 確かに中学の時は夜の街をふらついて、そこで知り合った人のチームと仲良くしつつ、敵対してたチームにも馴染んでたりしたなぁ。
 ……あれ、これって順応性?


 「司様はきっと、晶のそんなところを見込んでお雇いしたのね」


 久良さんがカップを持ち上げながら言った。


 「え?」
 「明るく素直でひたむき。ポジティブで、飲み込みが良くて、失敗をバネにして伸びるタイプよ。一緒にお仕事が出来てよかったわ」


 麗さんがそんなことを言うから、俺はちょっと感動して泣きそうになった。努力した分、褒められるのは嬉しい。


 「あ、ありがとうございます」
 「明日は土曜日だから、お仕事の方も少し手が空くわ。お菓子沢山作って、ティータイムにしましょうね」
 「いや、今してるじゃないですか」
 「それはそれ、これはこれですわよ」


 ねー、と顔を合わせる久良さんと麗さん。
 そして二人同時に、


 「金曜日?」


 きょとん、と目を丸くさせた。


 「? はい、今日は金曜日ですけど………」
 「いけない!」


 何事か、と俺が聞くより早く、久良さんが立ち上がった。ダイニングの隅でごそごそと何かをしていたかと思うと、「忘れていました」と蚊の鳴くような声で嘆く。


 「今日は壽先生とお顔を合わせる日取りなの。……旦那様に菓子折をお渡しするようお伝えされていたのに………」


 旦那様、というのはおそらく、司の父さんのことだ。
 俺は何も伝えられていないけれど、要するに、司は今日誰かと会う約束をしていて、その相手にお菓子を渡すよう司の父さんから命じられており、そのお菓子を司に渡し忘れていた、ということらしい。


 「どうしよう、旦那様にお任せされているのに……」
 「久良ちゃん、落ち着いて」
 「とりあえず落ち着いて下さい久良さん!」


 麗さんと二人で、顔面蒼白の久良さんを宥める。「大丈夫ですよ、ていうか司が自分で持って行かないのが悪いし」なんて言えるはずもなく、どうすればいいのかと焦る俺の代わりに、「壽先生との会合はいつから?」と麗さんが問う。


 「じ、十六時から……」
 「まだ間に合うわ。慌てないで」
 「そ、そうですよ! 大丈夫です!」


 はわわわ、と手を動かしあたふたとする久良さんの肩に手を掛け、時計を見上げた。十四時十五分。司は今日、都心にある大学にいる。


 「旦那様にクビにされちゃう………」
 「大丈夫よ。司様が言わなければ平気」
 「そうですよ久良さん! あいつ、意外といいとこあるし」
 「司様は晶にはお優しいから大丈夫。問題ないわ」
 「そうですよ! あいつは俺には甘いから………って」


 俺?

 大きな眼を涙を零しそうに潤ませる久良さんと、不敵に笑う麗さんが俺を見る。
 まさかいやそんな馬鹿な、と乾いた笑みを漏らす俺の手に、紙袋が押しつけられた。


 「いってらっしゃい、晶」




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あきゅろす。
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