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 木製の階段は、駆けると鈍い音が響く。「司様やお客様がいらっしゃるときはなるべく静かに」とは言われてるけど、いくら静かにしようとしても、響く。特に今みたいに急いでるときは。
 ていうか、急げって言ったのに「ごゆっくり」って何だ。慌てるな、って意味なんだろうか。

 司の部屋は、ベッド脇に荷物の入ったカートが置かれている以外は人の気配がなく、ホテルの一室みたいだ。けれど昼間ベッドメイクを施そうとした痕跡は残っていて、ベッドの上にはきちんと畳んだシーツ。月明かりが窓の格子の隙間から差して、それを映す。
 とりあえず、と一枚拡げてみたはいいけど、俺はベッドメイクの手法を教わっていないことを思い出した。


 「………皺にならなきゃいいんだよな?」


 布の端を探ってみても、ファスナーは付いていない。一枚布ぺろんとしたシーツなんて、漫画やドラマの中だけだと思ってた。今まで培ってきた知識をフル稼働させたところで、このシーツの掛け方を思い出せない。というか、多分、知らない。
 あぁもう、久良さんか麗さんに聞こう!とドアに向かって踵を返せば、


 「………あ」


 そこには司がいた。
 昼間見たのと同じ服装で、司が立っていた。とか当たり前のことを言ってしまうくらいには、動揺した。何故ってそれはシーツは敷いてないわアメニティの確認はしてないわ、只真っ白な布を拡げて突っ立ってるだけの俺。減給、クビ、借金地獄………と悪い予感に頭が回る。
 いや、落ち着け俺。いくら何でも、暗闇で真白いシーツ拡げてるくらいでクビには………ならない、はず。雇い主がよっぽど怖がりでなければ。従って今回は平気。オッケー。まだ取り返しがつく、はず。


 「あー……悪い司」


 自分の不甲斐なさを隠すせめてもの抵抗として、さかさかとシーツを丸めた。


 「シーツ、まだ敷いてないから、先に飯でも食ってぶふぉ!?」


 シーツを丸めたせいで真っ白くなった視界に、いきなり押し潰されて変な声が出た。


 「ちょっ………なに」
 「ただいま」
 「は? あ、あぁ、おかえり………って」


 そのシーツをぽいっと投げ捨てられて、そこで初めて司に抱き締められてたと知る。


 「ちょ、っ離せって!」
 「新婚っぽくね? おかえりなさいませ旦那様ー、って言って」
 「はぁ!? 〜〜〜言うか馬鹿!!」


 脳みそ沸いてんのかお前は!!

 ようやく司の腕の中(この表現、嫌だな)から解放されて、まじまじと全身を眺められる。「サイズ、ぴったりだな」と襟、肩、袖口と順に触られて、それが制服を指していると気づく。何でぴったりなのか、と初めて袖を通したときの複雑な気持ちを思い出し、俺は微妙な笑みを零した。ていうか、笑うしかない。


 「キスしていい?」
 「殴っていいですかご主人様」
 「じゃーもっかい。もう無理。俺疲れた」


 じゃあ、の意味が分からない。
 ただもう一度、ぎゅっと押しつぶされそうなくらい抱きしめられて、全身を預けるように縋られているように感じて、


 「………重っ」


 ずっしりと圧し掛かる司を、俺は押し返すこともせず支えていた。疲れてんのかなー、とか、こいつも意外と子供っぽいとこあるんだよなー、とか、そんなことを考えたりして。

 その日の夕飯中、俺が司の顔をまともに見られなかったのは言うまでもない。




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