西園寺・別邸
「………でかっ」
改めて、司は金持ちの人間なのだと再認識した。
学園から車で一時間程度。都心に近いそこは、いわゆる高級住宅街というやつだった。その中でも一際目立つ司の家は、まるでヨーロッパの絵本から抜け出してきたかのような雰囲気を持っている。チュダー様式、と授業で習ったような気がする。
「どうぞ、市川様」
「あ、ありがとうございます」
運転手さんから、ボストンバッグを受け取った。
見た目三十代くらいの運転手さんは上品にニコリと笑い、「では失礼します」とお辞儀をして車に乗り込んだ。
「運転手さんは来ないのか」
「あいつは親父の手下だから」
「手下って何だよ」
「そのままの意味だよ。つーわけで、別邸使うのは俺だけだから」
司はさらりと言い、別邸とやらに向かって歩き出す。
あぁ、そうですか。お金持ちは家が何個もあるんですね。すいませんね庶民派で。本当、これが「別邸」だなんて勿体ない。俺もボストンバッグを抱え直して、司の後に続く。
「「お帰りなさいませぇ、司様ぁ」」
木製のドアが開くと、中から二人のメイドさんが出てきた。
金持ち、って本当にメイドさんとか雇うんだ。庶民の感覚とはまるで違う世界に、すぽんと目玉が飛び出そうになった。
「久しぶりだな。久良、麗」
「くらら」「うらら」と呼ばれた二人は、「お久しゅうございます、司様」と声を揃えてお辞儀をした。
黒い膝丈のワンピースに、白いエプロン。でもコスプレという感じではなくて、「メイドさん」の上品さが漂っている。
黒いタイツを合わせてる方は、栗色のボブヘアー。白いハイソックスを合わせてる方は、黒い髪を縦ロールに巻いている。二人ともそれぞれ頭には白いレースの………何て言うんだろう、カチューシャみたいなものが付いている。
二人はめちゃくちゃ可愛い。とろんとした目を、長いバサバサの睫毛が縁取っている。肌も白くて、唇はピンク。
女の子って久しぶりに見た……! なんて悲しいことを思ったりもしたけれど、二人を恋愛対象として見るのは失礼な気がした。そういう雰囲気を、二人は持ってる。
「久良」
「はぁい」
くらら、と呼ばれた栗色ボブのメイドさんが、司に呼ばれてコロコロカートを受け取った。
「今から出るから。夕方帰る」
「えっ! まだ着いたばっかじゃん!」
ちょっとくらい休めばいいのに。
そんな気持ちを込めて言うと、司は何となくぼんやりとした表情で俺を見つめ、
「ぅ!?」
ぶにん、と頬を引っ張った。
「いひゃいいひゃいいひゃい」
「こいつ案内して、仕事も軽く教えといて」
「「はぁい、司様」」
二人が答えると、司はパッと手を離した。
ていうかこれ、今日の朝もされたような気がする。いつかブルドッグになったらどうすんだ。責任取れ。
司は睨みつけるブルドックの頭を「じゃあ頑張れよ」と軽く叩き、その額に。
額に。
「え」
ちゅ、と。
「なっ――…!!?」
「じゃあ行ってくる」
「「行ってらっしゃいませ、司様」」
そしてニヤリと笑うと、家の前に未だ停まっていた車に乗り込んだ。ブゥン、とエンジン音に続き走り出す。
………キザ! あいつキザ!! 寒いわバカ!!
そんな俺の顔を覗き込む、二つのそっくりな影。
「晶ぁ?」
「お顔が赤いわ」
…………最悪だ。
[←][→]
[戻る]
無料HPエムペ!