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帰郷
 
 
 「只今帰りました」


 両親が不在と知りつつも、ついくせで声を掛けると、


 「お帰りなさい龍馬さん! お久しぶりですね!」


 厨房から、吉原さんが満面の笑顔で顔を出した。


 「あれ、今日は吉原さんですか」
 「料理長は祇園の料亭で、若い衆に教えてる真っ最中ですよ。あ、あと、息子さんが今日帰って来られるとか言ってましたね。今日は僕が代わりに来ました。肩の力が抜けるかと思ったけど、龍馬さんがいるなら気は抜けないですね!」


 我が家には料理人がいる。

 勿論、"古賀"の名を掲げてはいるが、我が家は一般的な中流家庭だ。使用人を雇ったりすることはない。
 だが幼い頃、両親と連れ立って祇園の料亭に行った際、僕はそこの味をいたく気に入った。母の料理が下手な訳ではなかったが、僕にはその味が良かったのだ。「あの味を食べるまでは何も口にしない」と言った僕を見かね、父が料理長と話をつけ、我が家の料理人として働いていただくことになったのだ。
 料理長――宣之さんは週に一度、祇園の料亭に戻り、若いお弟子さんの指導に務めている。その間、一番弟子である吉原さんが我が家の料理人となるのだ。

 しかし幼き時分、自らの欲を満たすべくストライキを起こすということはなかなか真似出来ない。どこまでも貪欲な過去の自分に、僕は敬意を払わずにはいられない。


 キャリーバッグを二階まで運ぶ。
 二階の階段を上がってすぐに、我が家で「サロン」と呼ばれる部屋がある。ピアノや本が置かれた、所謂娯楽室だ。
 そこから道が左右にあり、吹き抜けを囲うように、サロンと反対側の位置でぶつかる。ぶつかった位置にある部屋が両親のもので、残りの二辺に僕と茜の部屋がそれぞれある。

 階段を上がって左に曲がり、更に左。
 そこにあるドアを開けたら僕の部屋だ。簡素なインテリア。実家と変わらぬよう、学園の部屋は実家と同じ家具を揃えてもらったが、何だか「帰ってきた」という気がしない。失敗だったかもしれない。
 キャリーバッグをクローゼットの前に置き、シャツを脱ぎTシャツに着替えた。関西は関東よりも暑い。
 伊勢丹で買った八つ橋を手に下へ降りようとすると、丁度茜も部屋を出るところだった。茜はカット素材のワンピースにレギンスを合わせている。


 「お茶にでも致しましょう。私が淹れます」
 「あぁ………これ、お土産」
 「まぁ。何でしょう」


 伊勢丹の袋から取り出したそれを、茜は不思議そうに見つめていた。




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