三つの瞳のその前で
人魚、とか、天使、とか、分類するなら多分そんなようなモノになるそのヒトは私をみて呟いた。
『ユズキ…?』
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耳が翼で、足が人魚みたいで。でも、背中の翼と腕は何故か片方ずつしかなくて。目が三つあって、他にも人間と沢山違うところがある。
でも全然怖いとかそんなのじゃなくて…なんて言うか神々しくて、そんでもって…。
『ユズキ…?泣いてる』
心配そうに、真っ直ぐに私を見る三つの瞳が凄く優しい。
気がつくと私の頬は涙で濡れていた。
「ご…ごめんな、さい。か…鏡に写んなくって、怖くて…。でも、なんか安心して…歌が…その…」
目の前のヒトを見たら、急に今まで不安だったものが全て溶けて無くなっていくみたいだった。
なんかいっぱいいっぱいで上手く言葉に出来ないけど。
『おどろかせてしまってごめんなさい…。』
三つの瞳を伏して申し訳なさそうに言葉を紡ぐ。
『鏡に写らなかったのは、私がユズキをこちらに招いたから―…。その他の時はちゃんと写ります。それと』
「?」
『色々と怖い思いをさせてしまって…ごめんなさい…』
見ているこっちが苦しくなる、とても悲しそうな表情で彼女は謝る。
『ごめんなさい…ユズキ』
「そんな―…」
…ん?ユズキ?
「あ、あれっ?なんで名前…ってか何この服」
何のコスプレ!?とツッコミを入れたくなるような、赤と白メインのものすっごいファンタジーな巫女さんぽい服着てるんだけど。え、さっきまで普通に制服でしたよね!?
あ、でもこの服結構好きかも。
「ってごめんなさいっ。あのっ、本っ当に何が何だか分からないんですけどっ」
分からないことが多すぎて、もはや何が分からないのかが分からなくなってきた。けど、まずはこれだよね。
「あのっ、あなたは…?」
するとそのヒトは慈しみに溢れた微笑を私に向け、まるで歌っているかのように語り始めた。
『私はレゼプティータを詠う者―…
ユズキをこちら、ユンウ"ェーラに招いた者―…
カリユガからフューガへと再生させる者―…
あなたを…ユズキを《凪音の巫女》と定めた者―…』
その瞬間、ヤタやキョウ、シキの数々の言葉が甦る。
《巫女》
「なっ、何で私が!?」
ずっと誰かに教えてほしかった。
本当に自分が彼等の捜していた《巫女》という存在なのか。
もしそうならば、何故自分なのか。
『偶然』
「…え…?」
返ってきたのはあまりにも予想外な答え。
…確かに私は普通で普通な普通の女子高生だけど。でもそれは無いんじゃ―…
『ユズキが選ばれた…それは偶然。
けれど、その瞬間から
それは必然―…』
深い深い漆黒の、けれど透明な三つの瞳が真剣に私を見つめる。
「……」
何も言葉が出なかった。
『自身を惜しむ訳ではありません。ですがどうか…。』
切実なその瞳から目をそらせない。
『どうかあなたの手でユンウ"ェーラをイライエンガへと導いて――…』
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「……―こどの、巫女殿?」
「っ!?」
気が付くとあの鏡の前だった。服は制服だし、鏡にはちゃんと…写って、る。
「どうかしましたぁ?」
黒髪の人が顔を覗きこんでくる。あの美人さんだ。
「えっと、あなたは円周率の…」
私を巫女と確認した人。
「シキと申します。以後お見知りおきを…」
自分の右手を胸にあて、にこりと微笑み軽く頭をさげる。
余裕があって優雅な人だなぁ。なんか紳士っぽいし。
あっ、私も挨拶。
「柚希です。よろしくお願いします」
深々と頭を下げた時、何かが引っ掛かった。
(…あれ?なんか…)
下げていた頭をあげ、シキの顔をまじまじと見る。
「………」
うーん…そう、かなぁ。
「私に何かぁ?」
「あっいえ、ごめんない」
凄く凝視しちゃった。申し訳ない。
なのに不快さ・怪訝さを全く出さないなんて…なんて良い人だ。
そんな人に理由を言わないのも余計に悪い、よね。よし、勇気を出して。
「…その、どこかでお会いした事…ありませんよね??」
「!」
あ、やっぱりびっくりしちゃった。そりゃそうだよね。なんか異世界だし、会うわけがない。
それでも首を傾げ、ふむぅ…と真面目に考えてくれてるみたいなシキさん。
「……某と…、柚希殿が。ですかぁ?」
「やっ、ごめんなさい!ある訳ないですよねっ、気にしないで下さいっ」
「おう、シキ!」
この声は…。
「巫女が目ぇ覚めたっ――、って何だ、一緒にいたか。」
シキの向こう側からやってきたのはキョウだった。
「何やってたんだ?」
そりゃ疑問に思いますよね、私は勝手に部屋から出歩いてるし。
「柚希殿に口説かれていましたぁ」
ふぇ!?
「ちっちがいますっ!」
思わず全力で否定してしまった。や、否定してしまったも何も、本当に口説いていた訳じゃないし!
自分でも顔がまっ赤になってるのが分かる。シキさん何て事を言うんですか。びっくりした。
「…?」
何が何だかなキョウの視線から逃げるように顔をそらすと、鏡に写った自分と目があった。あ。そう言えば。
もしかしたら夢だったのかも知れないけど、思いきって聞いてみる事にした。
「あのっ、この鏡!」
暖炉の薪がパチリと鳴った。
三つの瞳のその前で・終
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