深い山の崖の上で
「2つ目の、月……」
暗闇の中、一人たたずむ者が空を見上げそう呟いた。
山の中、ややなだらかな斜面を転びそうになりながらも、必死にかけている少女が一人。
どうやら何かから逃げているらしい。
「何っで…私が、こんな目にっっ」
息を切らしながら一人ごちる。
無理でしょ、ほんとにもう無理だって。て言うか何、あの犬みたいなの。頭が三角なんですけど。訳分かんな――…
「っひあっ!!」
崖だった。多分下が見えないくらいの深い深い崖。と言うか、霧で本当に見えない。
落ちたら死ぬ。絶対死んじゃう。
どうしよう…と 考えてる間は無かった。白目が黒く、頭が山みたいになっている犬が後ろにいた。
あ…れ?数、増えてません?………まぁ3匹だろうが10匹だろうが、ヤバいのには変わりはないんだけど。でもさ、気分的な問題と言うか…!って、あああジリジリよってこないでよ。本当に。勘弁してください。
「ウ"ルル…」
いやいやいや、私美味しくないし。きっと。や、絶対!
もう逃げ道は無かった。完全に囲まれた。
天国のお父さんお母さん。私は今、一生に一度あるかないかの超絶ピンチです。そしてお兄ちゃん、柚希はもう…帰れないかもしれません。
犬が地を蹴った。
諦めたくなんかないのに、思わずしゃがみ、目をぎゅっと瞑ってしまう。
「キャインッ!」
……………ん、犬?それに何か色んな音が…。って言うか犬がこないんですけど。
思い切り瞑っていた目を恐る恐るあけると、柚希と数匹の倒れた犬の間に二人の青年が立っていた。漫画なんかで見るような剣を持った背の高い人と、何も持ってない小さい人。
「………へ?」
犬が、倒れてる。
「…」
謎の青年二人は、黙ったまま残りの4匹と対峙している。
犬達は頭を低く下げ、怒りと恐怖を浮かべた瞳で睨み唸っていたが、力の差を理解したのか逃げていった。
(た…助かった……の?)
どうやら助かったらしい。あの犬達、もう一生お目にかかりたくない。
「立てるか?」
「へ?あ、はい。」
犬達が走り去った方をみていたら、片方の男の人が手を差し出してくれた。背の高い人だ。大きな手。その手をとり立ち上がる。
うわ、背ぇ高い。って言うか髪が物凄く赤いんだけど。ほんとに真っ赤。あ、でも前髪の所は黒いや。む、目がオレンジ!?すごい綺麗だなー。って、違う。今はそうじゃない。
「あのっ、ありがとうございましたっ!!」
勢いよく深々とお辞儀をする。あ、ちょっと今くらっときたかも。
赤い人は笑顔で、「おう、気にすんな。」と言ってくれた。良い人だ。何だかこう、胸が暖かくなる。
「や、気にしろ。」
…はい?えと、あのう…小さい人?
「つかお前バカか?何で女1人で山ん中うろついてんだよ。」
面倒臭そうに小さい、髪の青い人が言う。
……。
「それとも何だ?実は超強ぇ冒険者だけど、武器なくしましたとか。」
そんな訳ない。私は普通の女子高生です。
「ち…ちがい…ます。すいません……」
「だよなぁ?じゃ、こんなトコ彷徨くなっての。常識だろーが。」
……なんで、何で私がそんなこと言われなきゃいけないの?別に好きでこんなとこにいたんじゃない。
「大体、死んでからじゃ――っっでっ!!」
「キョウ!」
赤い人が青い人の頭をグーで殴った。いいぞもっとやれ。
「ああ"!?んだよヤタ!」
理由も聞かないでそんな事言うからだ。私はここがどこだかも分かんないのに。怒られて。そりゃ私も何か悪かったのかもしれない。けど。やばい、泣きそう。ってもう涙が。
そんな私を見て、ぎょっとする青の人。ぎゅっとすんなバカ。
「な…何で泣いて」
「泣いてないっっ!!」
泣いてなんかいない。絶対泣いてたまるかこんちくしょー。でもっ…。
「何さっ!ここの常識!?知るかっての!!」
赤い人がアワアワしてる。女の子が沢山涙を瞳に溜めながら、いきなりキレたらそれは当然か。でもごめんなさい、止まらないです。
「気がついたら変なトコにいるし色んなでっかい動物は襲ってくるし建物見つかんないし寒いし剣持った怖い人には追っかけられるし道はデコボコで超悪いしここがドコかも分かんないしお腹すいたし怖いし疲れたし死ぬかと思ったしあげく怒られるし本当っイミ不明だしっっ!!」
二人ともポカンとしてるけど、それどころじゃない。一気に喋ったから酸素が足りない。ぜはーぜはーと酸素を取り込もうとする。
そんな私を信じられないと言う表情で見ていた小さいのが口を開いた。
「お前――、まさか……」
「っうっさい!バカって言った方がバカなんだ!!」
あ、何か反射的にほっぺ殴っちゃった。ごめんなさい。いやいや、でもなんですかお前って。初対面の人に言う言葉じゃないですよ。
「っってぇえええ!!てめっよくも俺の美貌を――」
やっぱり怒りますよね。本当に申し訳ない。……って、はい?何ですか美貌って。そゆこと自分で言っちゃいますか?…むむ、でもよく見れば綺麗な緑色の目はおっきいし睫毛長いし、肌は凄いきめ細かいし…本当に美貌って言っても良い顔してるわ。
でもそれを言ったら赤い人だって整った顔をしてる。結構カッコいいと思う。今はぽかんとしていて、可愛いけど。
「っておい、ヤタ!ボケッとしてんな!こいつが――」
「ぬおっ!?」
こいつ呼ばわりして、人を指…袖が長くて手出てないけど、ささないで下さい。その手叩(はた)きますよ。
「こいつが巫女だっっ!!」
は い ?
巫女?巫女ってあれですか、神社とかにいらっしゃるあの巫女さん。
…そう言えば。嫌なこと思い出した。駄目だ、この人達に関わらない方が良いかも知れない。助けて頂いたのは大変ありがたいですが。
「本当ニありガとウゴザいましタ。さようナラ。」
少しぎこちなかったが、きちんとお辞儀をして、目線をあわせないようにこの場を離れようとする。よし、二人を通りすぎた。が。
「くくっ。奴等のエサになりてーの?」
その一言で今までの事がフラッシュバックされる。身体が動かない。
「巫女のフルコース一人前〜♪」
「キョウっっ!!」
………………。ケタケタ楽しそうに言わないで下さい。何なんですかその性格の悪さ。もう一発殴ってやりたいです。良いですか?良いですよね。
「巫女っ」
だから、赤いお兄さんまで私を巫女なんて呼ばないで下さい。ほんとに人違いだと思いますから。って言うか早くお家に帰りたい。もう訳分かんないのに襲われるのは嫌だ。本当に怖いんだってば。
「怖くないぞ!」
……へ?
「俺達は守る為にいるんだ」
振りかえると、澄んだオレンジの瞳が真っ直ぐ私を捉えていた。
「巫女(あなた)を」
風がふいた。
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