サイ臨
「はじめまして、ますたー」
いきなり現れた全身ピンク色のナリをした彼は、目の前の状況に呆然とする臨也の上に半裸で圧しかかったまま、にこりと微笑んだ。
「おれのなまえは、サイケだよ。ますたーは?」
「……は…?」
「だから、なーまーえー! ますたーのなまえは?」
「…あー、臨也」
名乗る名前など幾らでもあったのにも関わらず、臨也は馬鹿正直に名乗ってしまったことを後悔した。
「いざ、や? …いざや、ね」
サイケと名乗った彼は、たった今聞いたその名を忘れないようにぶつぶつと呟くと、天使のようににこりと微笑んだ。
「これからよろしくね、ますたー」
結局、名前を訊かれたものの、サイケはその名を呼ぶことなく、臨也を「ますたー」と呼んだ。
「ますたー」
自分と同じ顔、同じ声を持つ彼のどこか甘く響くその声に、どきりと鼓動がはねる。
臨也は改めて、向かい合う自分とそっくりなサイケを見つめた。
サイケの顔をまじまじと見つめ、臨也は息を呑んだ。
(俺――いや、少し違う、か…)
瓜二つ、とは少し違う。
外見や声は似ていても、本人が持つ気質、性格から表情へと滲み出るものが違うのだろう。
しかし、そう思いつつも、サイケと臨也はやはりよく似ていた。
「……」
臨也そっくりのサイケの顔が傾く。
そして、ゆっくりと、だけど確実に臨也へと近付いた。
焦点が合わなくなるほど近付いたと思った矢先、ますたー、とサイケは囁いた。
その声に唇同士がそっと触れ合った。
やわらかなその感触にどきりとした瞬間に、彼の唇が強く押しあてられた。
「……ん、っ…!」
ふわりと香る甘い匂いと、あたたかくやわらかい熱――。
重なり合った唇が、臨也の鼓動を速くする。
(なんだ…これ……)
こんな感覚は、臨也にとって初めてだった。
今まで幾度無くキスはしてきたが、ただ触れ合うだけのキスでここまで鼓動を速くし、眩暈さえ起こしてしまいそうな感覚に溺れてしまう。
「……ますたー」
微かに離れた唇の先で、サイケは再び囁いた。
静雄のように力負けするような相手ではないのに、何故か思うように身体は動かない。
身じろぎしない臨也のシャツにサイケの手が伸びた。
あっという間にぷちぷちとボタンが外され、本人が気付かぬうちに三つ目のボタンまで外されていた。
開いたシャツの中にサイケの手が忍び寄り、優しく臨也の熱を帯びた肌に触れた。
そんな状況になって、臨也はようやく自分の置かれている状況に気付いた。
「…っ、お前……っ!」
「わっ…!」
咄嗟に身を起こすと、馬乗りになっていたサイケはころりと臨也の上から転げ落ちた。
「いたいよ、ますたー」
ゴツンと鈍い音がし、サイケは床に転がったままぶつけたであろう頭を押さえていた。
サイケは涙目で訴えていたが、臨也にはそもそも謝る気などなかった。
勝手に跨り、そして勝手に転げ落ちたのだ。
臨也は知らぬ顔をし、乱れた衣服を整えようとボタンに手を掛けた瞬間、華奢な彼から信じられないほどの力で、ぐいと引き寄せられた。
引き寄せられた腕に、臨也は床へと押し倒される。
「ちょっ……ぅん…っ…」
先ほどとは違い、乱暴に口唇けられた唇に、びくりと臨也は震えた。
薄暗く静まり返った室内に、濡れた音と乱れた息づかいだけが響く。
「ますたー」
自分を呼ぶ声に、荒く呼吸を繰り返しながら朧げにサイケを見つめると、自分と同じ顔が微笑んだ。
思いがけないその表情に、臨也は不覚にもどきりとしてしまった。
残念なことにサイケはそんな臨也には気付かず、ゆっくりと首筋から鎖骨へと舌を這わせていく。
「ますたー、すごくどきどきしてる」
「おまえっ!…何、して…っ」
気付けば、サイケは胸元へ手を這わせ、先ほど触れた熱を帯びた肌へと直に触れた。
臨也が身じろぐと、サイケは閉じられないように臨也の腿の間へ、自分の膝を割り込ませた。
そして、臨也の耳元へ舌を差し入れ、このままいいよね、と囁いた。
「……は…っ? 俺が、されるの…?」
最悪、そんな状況に持ち込まれたとしても、自分はするほうだと臨也は勝手に考えていた。
「だって…、ますたー、かわいいんだもん」
再びサイケの顔が近付き、唇が合わさる。
薄く開いた隙間から、サイケの舌が忍び寄り、ちぅ、と音がして舌先を吸われた。
「いいよね、ますたー」
唇を塞ぎながら圧しかかってきたまるで天使のように微笑むサイケに成す術はなく、臨也は抗うことを諦め、サイケへと腕を伸ばした。
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