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昔語(むかしがたり)  4


     4


「七松さんはどうして我々に、ああも突っかかってくるのかね」

その晩の離れでは、小僧二人が小僧らしくもない口調で話し合っていた。

「さぁねえ。単に気に食わないんだろう」

とても十過ぎの小僧の会話とも思えない。もちろんそれは、この二人の本性が千年も生きている妖だからなのだが、それだけではない。二人の顔は明らかに不機嫌だった。

「しかし、許せないのは」

佐助が言葉を切った先に見つめたのは、すやすやと夢の中に居る一太郎だ。どうやら昼間、店先で七松が口走っていたことが許せなかったらしい。

「ぼっちゃんより貴いものなんて、この世にありはしないのに」

仁吉もすかさず佐助に同意したが、一太郎を見つめるとその顔は穏やかになる。夜着から投げ出された小さな手を、愛おしそうに握ってからそっと、夜着の下へと戻した。

「そう思うなら、おとなしく小僧として仕事を頑張りなさるんだね」

行灯の灯りも僅かな中、闇の内から佐助と仁吉に話し掛ける者があった。屏風のぞきだ。

「なんだい。ぼっちゃんが起きてしまうだろう」

佐助が一太郎の枕元に立て掛けてある屏風を睨み付ける。自分達のことを棚に上げるなと屏風のぞきは不機嫌そうだったが、己の本体からは出ずに、そのまま静かに言葉を続けた。

「昼間……あの後、この子は泣きだしそうだったよ」

泣いたと言えば己の身が危ぶまれると思い、そう告げる。途端に小僧達の顔色が変わった。一太郎の寝顔を見て、そしてまた視線を屏風に戻す。

「己のせいで、兄やさん達が叱られるのは嫌だと……そう、嘆いてた」

「ぼっちゃんがあたし達を…!」

「一太郎ぼっちゃん……」

屏風のぞきの言葉を聞いて、小僧達は目を丸くさせた。驚き、それから顔を歪める。申し訳なさと嬉しさが入り混じったような表情だった。

「仁吉、これ以上ぼっちゃんに心配をかけてはいけないよ」

「それは佐助もだよ。この子にあたし達のことで嘆いてもらうなんて……それだけは、させちゃぁいけない」

肝心なことを忘れてはならぬと、佐助と仁吉は互いに頷き合った。自分達の第一は一太郎ただ一人であり、それ以外の何者でも、二からその先があるわけでもない。

「何、七松さんもじきに落ち着く。それまでの辛抱だ」

一太郎の傍に居続けるには、そう言い聞かせて過ごすしかない。いつの間にか屏風のぞきも何も言わなくなったので、二人は行灯の火を落としてから各々の部屋へと消えた。
小僧の朝は早いのだ。



しかし翌日から、佐助と仁吉の昨夜の決意を余所に、七松の嫌がらせは度を増していった。

「ここは誰ぞ、今朝きちんと掃いたのかい?」

仁吉が朝箒で掃いた所をわざわざ歩いては嫌味を言う。

「ああ佐助、ちょうどいい所に。これを一人で二番蔵まで運んでおいておくれ」

佐助が偉丈夫であるのをいい事に、大人が何人もで運ぶような荷をわざと押しつける。
さらに藤兵衛が一太郎のところへ二人を行かせようという時には、二人は今忙しいと主人に告げて離れには行かせまいとするのだった。
この所業にだけは流石の佐助と仁吉も耐えかねた。
嫌味や仕事を押しつけたられたりするのは構わない。だが、一太郎の元へ行くなという命令だけは耐えかねる。二人は何日か耐え抜いた後で、意を決し、七松に抗議することにした。

「七松さん、ちょいと時間をいただけませんか」

一日の仕事が終わり、皆も夕餉を終えたところで佐助と仁吉が七松を井戸近くに呼び付けた。

「二人してなんだい。こんな時間に人気のない所で」

年下の小僧相手でも、流石に二対一は些か気が怯むのか、七松は疑り深く二人を見やった。

「最近の七松さんは変です。あたし達が何かしましたか?」

単刀直入に佐助がそう問うても、七松はなんのことだと口を開かない。これに仁吉が業を煮やし、その秀麗な顔を険しくさせて七松に詰め寄った。

「あたし達をぼっちゃんから遠ざけている。何故なんです」

いくら年下の小僧だと言ってもその本性は千年を生きた妖である仁吉に詰め寄られ、七松は僅かに息を呑んだ。だがすぐに、負けじと二人を睨み見下ろし返し、低く呟いた。

「……そんなにぼっちゃまと居たいのかい」

七松の顔には怒りが露(あらわ)になっていたが、その声はどこかもの悲しそうに聞こえた。だがここで佐助が一声吠えた。

「居たいと思ってはいけないんですか!」

七松を睨み返した佐助の態度には七松も頭にきたようで、怒り任せに佐助の胸ぐらを掴む。これを隣で見ていた仁吉がすぐさま、佐助を掴んだ七松の胸ぐらを掴み返そうとした、その時だった。
とたとたと、離れの方から駆けてくる足音がある。それに気をとられた仁吉と佐助の隙をついた七松が、偉丈夫の佐助を両手で掴み上げたのだ。
それを見た足音がはたと止まる。その後に小さな叫びがひとつ、その場に響いた。

「駄目ーっ!」

精一杯に叫んだせいか、そう言った後に咳が出てしまう。

「一太郎ぼっちゃん!」

仁吉が悲鳴に近いような声を上げて駆け寄ると、すぐに一太郎を抱き上げてその背中を擦ってやる。すると仁吉の腕の中で安心して落ち着いてきたのか、咳は治まった。咳込む一太郎を見た七松も、思わず佐助を掴む手を緩めた。佐助は力強く身を引いて七松の手から逃れると、仁吉に抱かれている一太郎の元へと駆け寄った。

「佐助を、兄や達を叱らないでっ」

佐助が近くに寄って安心した一太郎は、七松に向かって、懸命に声を出した。

「われが悪いの……それは、われも、知っているから……だから」

そこまで言いかけてついに堪えきれなくなったのか、一太郎は泣きだしてしまった。仁吉が優しく、「ぼっちゃんは悪くなどありませんよ」とあやしている。これを見た七松が慌てた。

「そんなっ! ぼっちゃまが悪いわけでは」

「ではどういうわけなんです?」

すぐ様佐助に睨まれて、七松は地面に視線を落としてしまう。
だがしばらくして、その重い口を開いた。

「本当に、佐助と仁吉には悪いことをした……」

口に出されたのは思いもがけない、七松の昔語りだった。



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