昔語(むかしがたり) 2
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「佐助は力持ちだよね。そのうちきっと、おとっつぁんも持ち上げられるんじゃないかしら」
そう言いながら小僧に片手で抱っこされているのは、他でもない、長崎屋の一粒種である一太郎だ。
ついこないだまで寝込んでいたのにもかかわらず、起きれるようになった途端、仕事で忙しく昼はなかなか相手をしてくれない兄や達を慕って、鳴家をその袂に忍ばせ母屋へと顔を出しにきてしまうのだった。
今日もこっそり小僧達の様子を見にきたところを、案の定佐助に見つかってしまい、すぐに片手でひょいと摘み上げられてしまった。
「駄目ですよ一太郎ぼっちゃん。離れでおとなしくしていて下さらないと、あたし達が仕事に集中できませんでしょう」
妖である兄や達が長崎屋に来てから一年程が経っていた。兄や達は若だんなの良き遊び相手・世話係となっていたが、小僧である以上、仕事を覚えなければ長崎屋にこの先も居ることができない。本性が妖である兄や達だが、世間体にはただの小僧でしかない。一太郎も祖父からそう聞かされて、もちろん理解もしていたが、やはり一太郎はまだ齢六つたらずの子供である。
体調が良い時の一太郎は、それはそれは兄や達と遊びたがったのだ。
「われも……妖なら、よかったのにな」
そうすれば兄や達のように姿を変えて遊びに行くこともできたのではないか。いや、それよりも、妖は長寿な生き物だ。まず己のように、病で何度も死にかけることなどないだろう。
だがこれを聞いた佐助が、落ちないように両手で一太郎を抱き直してから、小僧らしく大きく口を広げて笑った。
「ぼっちゃんが妖? いや、よして下さい、笑える冗談で」
わりと本気で一太郎は言ったつもりだったのだが、小僧はありえぬことだと笑っている。それが少し腹立たしくて、笑う兄やの頬をぺちりと軽く叩いた。もっとも佐助にはこの程度、どうというものでもないらしかったが。
(人間のわれが言うからおかしいのかな。それとも、われがひ弱だからおかしいのかしら)
一太郎がむくれっ面で佐助をぺちぺち叩いたりそうこうしているうちに、佐助に抱っこされたまま、元の離れへと戻ってきてしまった。
(ああ〜戻ってきてしまった!)
がっくりと肩を落とす一太郎の気を感じ取ったのか、袂に潜り込んだ鳴家が「きゅわわわ〜」と残念そうに鳴いた。
だが離れの居間に入った途端、一太郎はぱっと顔を明るくさせた。
「あれ、仁吉! どうしたの? 今日の仕事はもう終わったのかしら」
佐助の腕から降ろされた一太郎は、離れの居間に一人姿を見せていた仁吉にすぐさま駆け寄った。
「どうしてぼっちゃんが居ないのかと思ったら、また母屋に行っていたんですか」
その言葉に頷く佐助を確認してから、「いけませんよ」と仁吉が屈んで一太郎の頭を優しく撫でた。だが、どうやら仁吉もまだ仕事の最中らしい。
「……われと、遊んではくれないんだね」
昼間離れに小僧がくることなぞあまりないものだから、期待した分、一太郎の落胆も大きい。仁吉が自分の相手をしに離れに来たのではないとわかると、一太郎は先程よりもむくれっ面をいっそう深めた。
「一太郎ぼっちゃん」
このまま放って置いたのなら泣きださんばかりの一太郎を、仁吉が優しく両手で抱き上げた。佐助のように偉丈夫な身体付きではないものの、妖であるせいかこの兄やも、軽々と一太郎を抱っこしている。
高く抱き上げられたので、一太郎の視線の下に仁吉の笑顔があった。
「昼間はおとなしく離れに居て下さらないと、あたし達は仕事になりませんよ」
ぼっちゃんもわかっているでしょう?と仁吉に言われて、一太郎はまたひとつむくれっ面をつくった。
「……さっき佐助が、われに言ったばかりだよ」
そう何度も同じことを言うなと、仁吉を睨む。
「いい子ですね。これは、旦那様からですよ」
睨まれても動じずといったように、仁吉は一太郎の背をあやすように軽く擦った。それから一太郎を抱いたまま、器用にも自分の袂から小さな紙袋を取り出す。まるで手妻のようだ。
「ぼっちゃん、お口を」
仁吉に言われるがまま、渋々一太郎はその小さな口を開ける。すると、ころんと何かが口内に入れられた。甘い……一太郎がよく知っている味だった。
「金平糖……?」
「さっき長崎屋に届いたばかりのもので。ぼっちゃんに渡すようにと言われました」
それで仁吉は離れに来たのだった。甘いものは好きなので、仁吉から差し出された紙袋を一太郎は素直に受け取る。袂の鳴家達が、その紙袋の中身を欲しがって騒ついていた。
「仁吉、そろそろ戻らないと――」
忙しい昼間に小僧が二人も抜けるのは些か拙(まず)いと、一太郎のことも気になりながら、佐助がそう口を開いた時だった。
「お前達ここで何をしているんだ」
長崎屋の離れにもう一人、新しい訪問者が来たのである。
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