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昔語(むかしがたり)  1


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長崎屋の若だんな一太郎は生まれてこのかた病弱であった。
本人の日頃の行いが悪いとか、不規則な生活をしているというわけでもなかったが、とにかく病弱であること並々ならず、一太郎当人が望んでるわけでもないのに今日も一生懸命、寝込んでいた。

(私が丈夫になれる日など、一生の内にくるのかしら)

普通、病人であれば考えてはならない思考でさえ、若だんなにとってはもう慣れっこで、今までの短い一生の内でもう何度呟いたかわからない程だ。そう思ってつく溜息の重さも、もう何年も前から変わることがない。

「若だんな、もう一度お休みになったらいかがです?」

若だんなが溜息を零すのを目ざとく見ていた仁吉が、これまたその昔から同じように、心配げな面持ちで若だんなの顔を伺ってきた。この兄やは大層もてるのにもかかわらず、若だんな以外の物事は眼中に入らないらしく、昔から若だんなの為だけにその秀麗な顔を歪める心配性だ。

「仁吉も相変わらずだね。私はさっき、起きたばかりなのにさ」

己が病弱であるのと同時に、その世話をしている兄やも全く変わらないものだと若だんなが笑う。今朝も若だんなは朝から寝込んでいて、つい先程薬湯を飲むのに浅い眠りから覚めたばかりであった。
もちろん、若だんなは再び眠りにつくつもりなどなかったのだが、困ったことに己の身体はこの仁吉の言葉に従ってしまう。仁吉が確認するまでもない。薬湯のせいであろう、若だんなの瞼が既に重くなってきていた。

「無理をなさらず、安心して休んで下さい」

仁吉がいつものように優しく、「あたしが傍に居ますから」と付け足すのを聞いて、若だんなは己の内との葛藤も虚しく、すんなりと仁吉に従うとそのまま眠りへと落ちていった。



「若だんなは寝付いたかい?」

若だんなが眠ってから間もなくして、もう一人の兄やである佐助が離れに顔を出した。
今日は廻船問屋の仕事がえらく忙しいとのことだったが、やはり若だんなが心配だったのだろう。どうやら手代の仕事そっちのけで離れに足を運んできたようだ。

「ついさっき、お休みになったばかりだよ」

そのまま佐助が若だんなに付いているとみた仁吉が、さっき若だんなに差し出したのと同じ茶を佐助に煎れる。差し出されたのを佐助が無言で受け取って、緑(りょく)の色をした湯呑みに写る、自分の顔を見つめ返して小さく笑う。

「……ずっと、一太郎ぼっちゃんは変わらないねぇ」

もちろん病の話ではない。

「そうだね……嬉しいことだよ」

いつの間にか寝ている若だんなの周りに、鳴家達が集まっていた。仁吉がすかさずその手で小鬼を払う。だが、その仁吉の顔は若だんなを見ながら優しく微笑んでいた。
――変わらずに、いつまでも変わらずに……。
若だんなの寝顔を見守りながら、兄や達は長崎屋にきて間もないある日のことを思い出していた。



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