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豆喰らう鬼 5


     5


「おもしろいねぇ。鳴家達は、よっぽど豆まきが嫌いだったんだね」

若だんなは佐助に渡された煮豆に箸を移しながら、きゅわきゅわ飛び跳ねたり踊ったりしている小鬼達を眺めた。

(でも確かに……鬼達にとっては、節分なんていいもんじゃぁないよね)

鬼はその昔から、厄介の根源であるとか、人を捕らえ食うと言われてきた。
豆を投げ付けられ、独り外に追い出されるのは、誰にだって嫌なことであるに違いない。
悪い鬼だけが鬼ではないのに、それは寂しいだろうと考えた若だんなの顔が、僅かばかり悲しげに下向く。それを見た鳴家達が、心配そうに若だんなの膝元へと集まってきた。

「若だんな、もっと飲んで下さいよぅ」

「煮豆は美味しいです。若だんな、もっともっと食べて下さい」

「きゅんいーっ、我のも若だんなに差し上げます」

若だんなの元気がなくなると、どうやらこの小鬼達の元気もなくなってしまうらしい。何匹もの小鬼達に向かって、優しそうに若だんなが笑う。

「鳴家や。私は大丈夫だよ。さぁ、もっとお食べ」

そう言って若だんなが袂に入っていた甘納豆を小皿に盛ると、我先に食べようと鳴家達は若だんなから小皿へととんでいった。
それを見て、若だんながまた笑う。真に愉快な小鬼達であった。

「豆喰らう鬼、だねぇ。世の中おかしくなっちまったもんだ」

ふらりとほどよく酔っている屏風のぞきが、小鬼達を見て笑いながら酒瓶を片手に若だんなへと近寄った。

「節分に小鬼達がこんなに騒いでるんだ。ほら、もっとお飲みよ」

そう言って若だんなに酒を注ごうとしたのだが、これをさせるかと佐助が止める。

「酒はもういい。若だんなはもう十分、酔ってらっしゃるだろう」

「これが酔ってるっていうのに入るのかい?少しばかり、顔が赤いだけだろう」

そう言って屏風のぞきは佐助の手をはねのけた。だが今度は逆側から手が伸びてきて、若だんなの酌を引き下げてしまった。

「酒はいらないと言っただろう」

仁吉が厳しく屏風のぞきを睨んだものだから、昼間の続きが始まるのではと、慌てて若だんなは止めに入る。

「仁吉。もう一口くらいなら、私は飲めるよ」

そうは言ってみるが、どうやら些か飲み過ぎたかもしれないと、若だんなは火照った頬を擦った。
熱い、と声に出さず、そう感じた。

「駄目ですよ若だんな。ほら、こんなに頬が赤みを帯びてしまっています」

仁吉が若だんなの頬に指先を当てて、もう今夜はお開きにしましょうと催促する。
だがここで鳴家がはて?と首を傾げた。

「我は若だんながもっとお顔を真っ赤にしてるのを見た!」

一匹がそう言いだすと、他の何匹かも、我も見た稲荷の中から我も見たと騒ぎ始めた。

「お前達、具合の悪い若だんなをただ黙って見てたのか!」

佐助が拳を一振り下ろすと、小鬼達はきゃたきゃたとひっくり返った。

「違いますよぅ。若だんなのお顔が赤くなるのは、仁吉さんと居る時なんです」

豆よりも恐いのは犬神だと鳴家はひそひそ言い、小皿から零れた甘納豆をせっせと拾い始める。

「はぁん、なるほどねぇ」

鳴家の話を聞いた屏風のぞきが、にやにやと笑いながら若だんなに寄り添う仁吉を見つめた。
佐助は何故か黙ったままで、時々仁吉に視線を送っている。

「私が……なんだって?鳴家、よく聞いてなかったよ。もう一度言っておくれ」

酔いが完全に回ってしまったらしい若だんなは、鳴家の言葉をうつろうつろでしか聞いていなかった。話の主である仁吉は、もう一度口を開こうとした鳴家を冷やかな目で睨むと、隣の寝間に布団を敷こうとして佐助に若だんなの身を預けようとしたのだが、佐助はここでにたりと意地の悪い笑みを浮かべ、布団は自分が敷いてくると言い、席を立ってしまった。

「鳴家、話しておくれったら……」

現つと夢の中を彷徨いながら、若だんなは小鬼の名前を呼んでいた。
そんな若だんなを見て、仁吉が笑いながら溜息をつく。

「聞いちゃぁ駄目ですよ、若だんな」

仁吉は優しく微笑んで、そのまま静かに若だんなを寝間へと運ぶ。

(私の顔が赤いって……熱でも出るんだろうか)

意識が消える前、若だんなはそう不安に駆られたが、明日からはもう小鬼が隠れることもないと、この日は眠りに落ちたのだった。



節分/2008.0206


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