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豆喰らう鬼 4


     4


その晩のこと。
長崎屋の離れでは、久しぶりに妖達を誘っての宴会が開かれていた。若だんなの調子が良いと兄やである佐助と仁吉の機嫌もいくらか良いとみて、長崎屋の離れに馴染みの妖達は遠慮することなく飲めや喰えやの大騒ぎだ。
中でも一際きゅわきゅわ、きゃわきゃわ騒いでいるのは、今日のお騒がせな張本人である鳴家達であった。

「ありゃぁ、去年までの今日とはまるで大違いだね」

自分も少しは舐めたのか、ほんのりと酔いの赤らみを頬に差した若だんなが、にこにこ笑いながら兄や達に話しかける。

「全くその通りで。なんとも騒がせたがりな小鬼ですよ」

若だんなの左手に座っている佐助が、寒くはないかと若だんなを気遣いながら返事を返す。

「まさか、あんなところに隠れているとはねぇ」

若だんなは昼間のことを思い出すように、赤く頬を染めたまま右手に座っている仁吉の顔を覗き込んだ。

「意外といえば、意外でしたね」

酔いがいつもより深いのか、ふらりふらりとしそうな若だんなをきちんと座らせ直しながら、仁吉も思い出し笑いする。
この小さな鬼達はやはり、長崎屋の中にその身を隠していたのだった。



三春屋からいつもの倍ほどもある菓子を買い込んで仁吉は程なく、若だんなの待つ離れに帰ってきた。

「すごい量だけど……仁吉、まさかこれで鳴家を誘きだすのかい」

「察しがいいですね、若だんな」

手代は買ってきた大量の菓子を若だんなに見せながら、その中のいくつかを菓子鉢に移した。

「これは若だんなので」

後で食べたくなったら言って下さいねという、どこまでも若だんなに甘甘な手代の言い草に、思わず一太郎の口から苦笑いがこぼれた。

「でもこの離れに置いておいても鳴家達は出てこないと思うけど」

何故ならば毎年のこの節分の日だけ、一日中鳴家達はこの若だんなの離れからその姿を消してしまうのだから。
そこへ好物のものを大量に置いたとて、鳴家達が出てくる可能性は極めて低いに違いなかった。

「えぇ、もちろんそれは心得ていますよ。何、あたしに任せて下さい」

そう言うと、仁吉は大量の菓子を抱えたまま離れを出て行ってしまう。すぐに床から出て追いかけもしたい気持ちの若だんなだったが、そんなことをすれば近頃は縁の遠い仁吉の手間が唸り出しそうな薬湯を飲まされるかもしれない。動けないとなれば、若だんなはいつものように妖を頼りにするしかなかった。

「屏風のぞきや、出てきておくれ」

若だんながそう一声かけると、馴染みの付喪神である屏風のぞきが己の本体からするり出てきた。若だんなが口を開く前からにたにたと笑いを浮かべている。

「なんだい?あたしに頼みごとかい」

「私はここを動けないから、代わりに仁吉を見てきてくれないかい」

屏風のぞきは笑い浮かべたまま、返事をしないかわりにするりと離れを出て行く。
華やかな姿のこの妖は、若だんなに頼られることが嫌いではなかった。
昼間の離れになぞ、あまり人は近寄らないので屏風のぞきは堂々と廊下に姿を現わしていたが、それでもそれとなく気をつけながら、庭に立つ仁吉を見やった。

(鳴家を誘きだすとか言ってたねぇ。さて、あの手代さんはどうするのやら)

いつも若だんなの兄や達と反りが合わない屏風のぞきは、いっそ誘きだすことに手代が失敗してくれればおもしろいと、思わなくもなかったがとりあえず黙って手代を見つめている。
仁吉は袋から鳴家の大好物である菓子を、なるべく人目に立たぬよう、一定間隔の割合で庭にそれを落とし並べていく。地面はやや湿っているので、下地には懐紙を二つ折りにして引き、その上に大福やら金平糖を落としていく。

「仁吉さんよ、それで鳴家が捕まえられるのかい」

しばし経って、律儀に菓子を並べるのに見飽きたのか屏風のぞきが庭に降りて手代に声をかける。

「なんだいお前、若だんなを一人にしてきたのかい?」

声をかけたことになのか若だんなを一人にしたことなのか、それともその両方なのか定かではなかったが、屏風のぞきに話し掛けられた手代はいかにも不機嫌だ。だがそんな様子は露にも気にせず、「あたしはあの子に頼まれたんでね」と屏風のぞきは大きな顔をしている。

「うるさい奴だね。黙ってな」

鳴家達が騒いでいる時よりもうんざりとしたような顔で、仁吉は屏風のぞきを追い払おうと妖に近寄った。

「地道な作業だねぇ。こんなんじゃ、あっという間に明日になってしまうんじゃないのかい」

その言葉を聞いた仁吉の顔が、ひどく険しくなっている。人目がないのをいいことに、その目が猫のそれのように細く光っていた。

「鳴家なんかより、お前の方がよっぽど喧しいらしいね」

「おや、若だんなからの頼みごとは放置なさるんで?いい加減仁吉さんも、若だんなに飽きたんですか」

「こいつっ!」

そのまま掴み合いも起ころうかという、その時だった。

「ちょっと、あれをごらんよ!」

そう言って若だんなが指差したのは、母屋と二番蔵の間、仁吉が最初に大福の菓子を落とした場所だった。

「ごらん仁吉。あの懐紙、上に何も乗っていないよ」

「若だんな!どうして掻い巻きのひとつも着ていないんです?風邪をひいてしまいますよ、床に戻って下さい!」

屏風のぞきと睨みあっていたことも忘れ、手代は庭に出てきた若だんなに素早く駆け寄ると、自分の羽織を若だんなの羽織の上に着せてから、離れに戻りましょうと若だんなを促す。

「庭先をちょいと歩くくらい大丈夫だよ。それより仁吉、菓子がなくなっているということは……」

そう言いかけて隣を見ると仁吉がいない。
はて、どこに行ったかと考える前に掻い巻きを持った仁吉が風のように戻ってきて、若だんなに容赦なく着せた。

(あらぁ。本当にどこまでも、仁吉は心配性なんだね)

そこが兄やのいいところでもあるとわかっている若だんなだが、こうも宝物のように扱われ続けることに、仁吉自身が疲れないのかと思うことがある。

「おそらく鳴家でしょうね。今回は三春屋のご主人の菓子だけをたんと買ってきましたから、見ていることに我慢しきれなかったのでしょう」

「それじゃあ、あの辺りに鳴家はいるのかな?」

普段食べている栄吉のそれより、三春屋の主人の菓子は美味いに違いない。鳴家でなくても手が伸びる。
若だんなは手代と付喪神と顔を見合わせた。無言のままで頷き合うと、「ま、頑張りなよ」と屏風のぞきが言って、仁吉が持っていた菓子の入った袋を抱えてそのまま離れへと戻って行く。蔵の近くでは人目につくと、思ったからに違いなかった。
とりあえず若だんなは、仁吉とそのまま二番蔵の前にまで歩いて行った。
二人で辺りを見回すが、消えてなくなっているのはどうやら、この最初に置いた大福だけらしかった。

「鳴家達の姿は見当たりませんね。若だんな、離れに戻りませんか」

「ここまで来たっていうのにかい?鳴家はこの辺りに隠れているんだよ。捜し終わるまで、私は床には戻らないよ」

この返答に手代は眉をおおいにしかめた。もし若だんなが溜め息のひとつでも今零したものなら、次の瞬きをする瞬間に、自分は床の中にいるに違いなかった。

(やれ、気をつけなくっちゃぁね)

仁吉の視線を気にしつつ、若だんなが母屋の軒下を覗こうとした時だった。

「押しては駄目だっ」

「ぎゅわっ」

「ぐへっ」

「落ちてしまうよぅ」

「ぎゅんいっ」

「きょーっ」

ぎしぎしという懐かしい音と共に、その妖らの声がした。
はっとして若だんなも仁吉も同時に振り返ると、そこには馴染みの稲荷が建っている。

「……もしかして」

若だんなが仁吉の同意を求めるのよりも、素早く仁吉が稲荷に近寄って祠の中を覗く。すると中にはなんと、捜していた鳴家達がぎしぎしと犇めいているではないか。
かなりの限界で、稲荷自体をぎしぎし言わせながら、皆窮屈が故に細く顔が伸びてしまっている。
鳴家はどうでも稲荷を壊されてはたまらないと、急いで仁吉が鳴家を取り出すと、鳴家達は地面に並べられた菓子に飛び付いた。

「よくもまぁ、こんなところに隠れられたね」

「若だんな、感心している場合ではありませんよ」

仁吉に指摘され、慌てて一太郎はしゃがみこむと、せっせと薄皮の饅頭に噛り付いている鳴家を尋ねた。

「鳴家や。どうしてあそこへ隠れていたんだい」

「どうしてって。そりゃぁ若だんな、我らは鬼ですもの」

そう言い切る鳴家に若だんなが首を傾げると、すぐ横で蓬餅に噛り付いていた鳴家達が口を開いた。

「今日は節分であります」

「煮豆は美味しいですが、豆を投げられるのは嫌いです」

「隠れていれば痛くありませぬ」

そう言い張る鳴家に続いて周りの者達も、「豆は痛いです」「豆は固いです」「我らも投げる側がいいです」などと言い始めている。
口に入れない限り豆は敵なのだと断言する鳴家もいて、思わず若だんなと手代は顔を見合わせて小さく笑った。

「お前達、若だんながそんなことをするとでも思ったのかい」

「私は鳴家に、豆を投げたりなんてしやしないよ」

若だんなと手代にそう言われ、菓子から顔を離して、鳴家達はお互いの顔を見合わせた。

「若だんなは優しいです!」

「昔から豆は外に投げていた!」

「稲荷の中から見ておりました!」

「若だんなは我らにお菓子を下さった!」

最後の鳴家の言い様はともかくとして、鳴家達はおおいにお互い頷き合い、若だんなは鬼と友達だもの!ときゃわきゃわ笑いだした。
どうやら小鬼達の長年の恐怖心は、地面に落ちた懐紙のように、白く消えてしまったようだった。




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