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をとこ冥利 6


     6


さて、江戸は本所、此処は件のなにわ茶屋である。
八つ時を過ぎたというのに、早速評判が流れたのか、小さいながらに茶屋は足休めと茶と菓子を求める人で賑わっていた。
その茶屋の一角。
茶屋とは縁遠いような、一本差しの浪人体の男がひとり、茶を楽しんでいる。
これが、相沢侑馬(ゆうま)である。

「いや、美味いな。みたらし団子とは、このように美味なるものだったのか……」

などと呟きながら侑馬、なにわ茶屋のみたらし団子を、それは美味そうに口に運ぶ。
久しく甘味を食していなかったのか、すでに三本もたいらげてしまった。

「おい亭主……何、そうか、この団子はおかみの手作りなのか。なかなかいける。甘味も捨てたものではないな」

時折茶屋の亭主を呼び止めては、団子を頬張りながら、他愛もない話をする。
たいそう機嫌よく話し掛けられて、なにわ茶屋の亭主もおかみも、まんざらでもないらしい。

「浪人さんは、この江戸にお住まいで?」

連れも居ずに一人でいるせいか、茶屋の亭主が侑馬に尋ねた。

「いや、違う。俺は江戸の生まれだが、今は京にいるのだ」

「ほんなら浪人はんは、京から……?」

他の客の接待に回った亭主にかわり、そう聞いてきたのは上方出身のおかみである。

「うむ。理由(わけ)あって、江戸に下ってきたのだ。……ところでおかみ、ひとつ聞きたいのだが」

そこまで言いかけて言葉を止めたのは、すでにおかみは他の接待に忙しかったからである。
これは仕方ないと見て、侑馬はたまたま近くに居た女中を呼び寄せ、この女中に尋ねることにした。

「お前は江戸(ところ)の者だな?」

「はい」

「先の、俺と亭主らの話を聞いていたか? いや、聞いていなくともいいのだ。俺はな、昔江戸に住んでいたのだが、それも六つの時まで。それが故に江戸の地にはあまり詳しくないのだ。それで、お前に聞きたいんだが……」

辺りは騒ついていて、侑馬の話を誰かが聞いているとも思われなかったが、やや声を押し殺すような態(てい)で、
「浅草寺へは、どう行ったらいい?」
侑馬はそう、女中に尋ねたのだった。

「浅草寺、ですか?」

「できるだけ早く行きたいのだ。人と……約束をしているのでな」

「それなら浪人さん、本所(こんなところ)にまで来る必要はありませんでしたよ」

そう言って女中が話すのは、京から中山道くんだりを下って来たであろう侑馬が、浅草を過ぎて本所に至った経路だった。

「浅草寺は、この大川の、ちょうど向こう側ですよ。この店から両国橋はさほど遠くはないですから、橋を渡ったところで、駕籠を拾うといいですよ」

桜はまだだが、梅の花が開き始めたと教えてくれた女中に心づけをいくらか渡してから、

「亭主、ここへ置いておくぞ」

茶菓子代を置いて、侑馬はなにわ茶屋を後にした。

だがこの時、まさか自分の後を、付けている者がいるとは夢にも思わない侑馬であった。



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