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すずろなる、ひとへ心 3


     3


あっという間に約束の晩がきた。
妖達は佐助と仁吉の部屋に潜んでいて、二人が一太郎を寝かしつけた後、贈り物選びをするはずだったのだが。

「……おい、仁吉」

小さく揺れる行灯の火を受けた佐助の顔が少し困っている。仁吉は佐助をちらりと見てから、溜息混じりに口を開いた。

「お前達も駄目だったようだね」

仁吉の言葉に、妖達が申し訳なさそうに頭を垂れる。
結局のところ、皆苦労して贈る品をあちこち探し回ったのだが、やはり決めかねて今に到る。小僧達が溜息をついているのは、自分達も他の妖達と同じく、贈る品を決めかねて、折角の好機を無駄にしてしまった為であった。

「ではどうしまするか」

妖達が皆困り果てて口を閉ざしていると、部屋の隅から鳴家達が集まってきた。今考えているところだと仁吉が言うと、やはり贈る品は菓子がいいのではないかと騒ぎ始める。それがまたやかましいと、佐助や周りの妖達が鳴家達を諫めたのが原因で、小僧達の部屋の中に厳しい空気が流れ始めた。
もう贈り物は別の機会でいいのではと、部屋の中に居た誰かが口走った時、屏風のぞきが持っていた扇子で畳をすぱんと叩いた。

「なんだい?」

意見があるとみて問うと、こんな話し合いは馬鹿馬鹿しいと言う目をした屏風のぞきが、部屋中の妖に聞こえるような声で答えた。

「いつまで悩んでいても仕方がないだろう? こうなったら、ぼっちゃんに直接聞いてみるのが一番の良案じゃないかねえ」

皮肉たっぷりの物言いように、仁吉も佐助も妖達も言い返そうとしたが、屏風のぞきの言う事はもっともである。

「……では、決まりだな」

妖達が一太郎から聞き出すのは明日の昼間、小僧達は仕事があるので明晩と決まり、屏風のぞきだけが機嫌よく本体に戻った後に、妖達はそれぞれ夜の闇へと消えていった。



「仁吉さん、仁吉さん」

次の日。忙しい昼過ぎの店先の隅から、小鬼がせっせっと働く小僧の名前を呼びつけていた。
この忙しいのに一体なんだと、小僧は隅を睨みつけているのだが、それでも小鬼は消える様子がない。他の小僧や手代、番頭にけどられぬよう用心しながら隅にしゃがみ込むと、仁吉は小鬼に極々小さな声で話し掛けた。

(鳴家、店先へ来ては駄目だろう。あたしは仕事中なんだよ)

小僧姿であっても、やはり大妖である白沢は恐いのか、至近距離で睨まれた鳴家はびくびく体を震わせている。

(で、ですが……ぼっちゃんの、贈り物についての話でして)

(ぼっちゃんの?)

びくつきながらも小鬼がそう言うと、一太郎のことなら話は別だと、話を聞く仁吉の顔から厳しさが退いていく。

(昨晩仁吉さん達が言われた通りに、我らは先程、ぼっちゃんに欲しいものをお尋ねしたのです)

なんでも一番が好きな鳴家達は、ちょうど先程、昼前に遅い起床をした一太郎にすぐさま尋ねてみたらしい。

(それでぼっちゃんは、なんて答えたんだい?)

(それが、ぼっちゃんは千代紙が欲しいと)

「千代紙だって?」

先週佐助と共に、千代紙で色華やかな手裏剣を作ってあげたのが、そんなに一太郎は気に入ったのだろうか。全く予想していなかった返答に、思わず声が大きくなってしまった。

「どうしたんだい仁吉?」

隅でしゃがみ込んでいた仁吉を変に思ったのか、たまたま帳場に顔を見せたらしい長崎屋主人の藤兵衛がそこへ、声をかけてきた。

「大丈夫ですよ、旦那様」

怪しまれぬようすぐに立ち上がって、頭を上げる。

(鳴家、お下がり。いいよ、あたしと佐助が晩にまた尋ねてみるから)

立ち上がる際にそれだけ隅へ口走ると、仁吉は鳴家を離れへと帰し、千代紙のことを疑問に思いながらこの日の晩を待った。



夕餉が済んで、やっと佐助と口が聞ける機会を得た仁吉は、一太郎の居る寝間へと向かう離れの廊下で昼前鳴家に聞いたことを佐助に言おうとしていた。
それなのだが。

「仁吉、聞いたか」

「聞いたって、何……佐助?」

何を言いだすかと思って佐助の話を聞くと、なんと佐助も昼前、他の妖達から一太郎が今欲しいと思っているものを、聞いたのだという。

「あたしも鳴家から聞いたよ。欲しいものが千代紙だなんて、ぼっちゃんは欲がなさすぎるというか……」

苦笑する程に己の主は優しいお方だと、仁吉が頷いているところを、佐助がよく話を聞けと注意する。

「鳴家には千代紙とお答えなさったのか。 なんでぼっちゃんはまた、こんなことを…」

「こんなこと? 佐助、どういうことなんだい?」

一太郎が欲しいと言ったものが千代紙だったから佐助も悩んでいると思ったのだが、どうも違うらしい。

「それが、ぼっちゃんは尋ねる妖それぞれに、違うものが欲しいと言ったらしい」

「違うもの、というと?」

佐助の話では、庭の石ころに始まって、手ぬぐい、煙管、墨、小鉢、千代紙など、在ってもさしていらなかったり、安価すぎる物や使わぬ物が欲しいと、いろんな妖達に一太郎は言ったらしいのだ。

「一太郎ぼっちゃんはなんでそんな……」

佐助同様に仁吉がそう口走った、その時であった。
話題の人物である一太郎が離れの廊下に現れたのだ。

「兄や達だ!」

「一太郎ぼっちゃん」

驚く小僧達の所へ、嬉しそうに一太郎が走り寄る。佐助が慌てて一太郎を抱き上げた。

「睦月の、こんな寒い晩に、廊下に出てはいけませんよ」

佐助の隣に立つ仁吉が、今は同じ高さの目線にいる一太郎を優しく叱り付ける。だがそれも、「兄や達の来るのが遅かったから」などと言われてしまうと、小僧二人の頭は上がらなくなってしまった。
ともかくも廊下は寒いので、三人はすぐに離れの一太郎の寝間に入った。
一太郎は佐助の膝の上で、しばらくはおとなしく火鉢にあたっていたが、何やら先程から意味もなくにやにやとしている。

「どうしたんです?」

不審に思った仁吉が横から顔を覗き込むと、一太郎はぽんと佐助の膝から下りて、二人を交互に見つめ返した。

「佐助と仁吉に、聞きたいことがあるんだけど」

火鉢を背に、上目遣いでちょこんと座る一太郎にそう言われて、佐助と仁吉は顔を見合わせた。

「あたしらに、ですか?」

「ぼっちゃん、言って下さいな」

二人の兄やに見つめ返された一太郎は、笑ったままの顔でこう言った。

「なんで、兄や達は、われの欲しいものを知りたいのかな?」

笑顔の一太郎に見つめられたまま、佐助と仁吉はもう一度顔を見合わせた。



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