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すずろなる、ひとへ心 2


     2


一太郎が六つになる年の、正月もとうに過ぎた晩。長崎屋の離れでは、既に夢の中にいる一太郎を起こさぬよう、佐助と仁吉の部屋で妖達の話し合いが続いていた。

「あたしらが長崎屋に来て初めての新年だ。一太郎ぼっちゃんも、六つになられる」

初めて皆で迎えたこの年明けに、是非一太郎に何か贈り物を差し上げようと小僧の二人は、屏風のぞきを初めとする馴染みの妖達と共に話し合っていた。

「ぼっちゃんが喜ぶ物……さて、何が良いか」

佐助と仁吉はもう既に一太郎には充分なつかれてはいたが、二人はまだ長崎屋に来てから半年程しか経っていない。事の提案は良かったものの、他の妖達も二人と同様に、それこそ親交は深くとも年月が浅いせいか、一太郎への贈り物は何が良いものかと首を捻るがなかなか良案が出ない。
唯一先程からしきりに鳴家達が「菓子、菓子」と騒いでいるが、折角贈るのだから食べ物は避けたいところだと、佐助の一睨みで却下されてしまった。

「いつまでもこうしていても、らちがあかないよ」

屏風のぞきのこの一言にも佐助が睨みを効かせたが、言い返すことができない。そろそろ夜も遅いし、自分達は世話になっている寺に帰りたいと野寺坊が言い出したので、ではこうしようと仁吉が手を打った。

「ぼっちゃんへの贈り物は、明後日の晩までに各々が何か一つ見つけてくること。明後日の晩、同じ時間に、その中から選別することにしましょう」

くれぐれも食べ物は却下だと、仁吉が鳴家達に釘を刺して、この日はそこでお開きとなった。

次の日になって、妖達は珍しく昼間から忙しく動いていた。
誰しもが、一太郎への贈り物には自分の品をと競い合うかのように、贈り物探しをしているせいだ。
一方で、小僧達は昼間仕事があるし、もちろん他の妖のように自由に買い物ができる身ではないので、二人は夜にこっそり店を抜け出すつもりでいた。
ところが機会良く、思わぬところで二人に運が向いた。
聞けば、先程店に訪れた馴染みの小間物屋、八丁堀に店を構える中村屋の主人が矢立を店先に忘れていったそうなのだ。あの矢立は先日長崎屋で仕入れた物で、中村屋の主人のたいそうお気に入りの品だという。きっと困ってるだろから、一っ走りして届けてくれと、佐助が頼まれたのだった。
すぐに仁吉が、佐助一人ではと、番頭の顔色を伺いつつ己も着いて行きたいと願い出ると、佐助の連れではなかったが自分の遣いを条件として、番頭は仁吉にも外出を許してくれた。

「それじゃぁ佐助は、矢立を中村屋さんに。仁吉はちゃんと、日本橋の蔦屋であたしの本を買ってくるんだよ。二人とも、頼んだからね」

気前のいい番頭は、二人に僅かながらの小遣いも持たせてくれた。
今年はまだ僅かに道に雪が積もっているし、寒中に遣いに出すことへの駄賃なのだろう。

「上手くやれよ」

「お互い様」

佐助と仁吉は互いに頷き合うと、それぞれの遣いと一太郎への贈り物を探しに、長崎屋を後にした。



「一冊ね、毎度」

店に帰るのが遅くなっていけないので、仁吉はなるべく早く番頭の遣いを済ませた。
番頭の遣いで頼まれた本をしっかり抱え込むと、そのままゆっくりと周囲の店先に目を向ける。

(さて、ここからだ)

日本橋の手前、店は溢れるほどにたくさんある。
小僧は普通自分の小遣いなどは所持していないのだが、仁吉は妖の小僧であるので、その懐はどうやって調達したのか、なかなかに重い。遣いの前に番頭から貰った小遣いもあるので、そこそこの金額のものでも買う事は可能だ。買う時に大店長崎屋の小僧だと名乗れば怪しまれることもないだろう。
問題は金額の方ではなく、肝心の品決めであった。
周囲にはまだ正月の品々が飾られている店もいくつか見られ、そうでなくとも日本橋周辺はその人混みでいっそう華やかに賑わっている。一太郎への贈り物選びも、なかなか頭を悩まされるものだった。
蔦屋から歩くことしばし。決めかねて、試しにすぐ前の小間物屋に仁吉は目をとめた。一太郎がもう少し大きければ似合うであろう扇子や、綺麗なビードロの根付などが目に入る。

(だがちょいと、ぼっちゃんにはまだ、早いかねえ)

これは六つの男児に贈るのには相応しくないと、仁吉は早々に首を振った。
その時、

(…………や?)

ふいに何か聞こえたような気がして、仁吉は辺りを見回した。
ざわざわと人混みの音がするだけで、とくに何か惹かれるわけでもない。

(気のせいか?)

そう思って仁吉が小間物屋から離れようとすると、今度ははっきりとそれが耳に入った。
ちりんちりんと、鈴の音がする。
振り返ってみると、十七、八くらいだろうか。白に程近い、淡い薄紅掛かった着物を着た小綺麗な娘が歩いている。音はその娘の持つ、銀色の小さな鈴の形の根付からだった。

(……あのお方に)

似ている、とは思わない。けれども何処か胸が騒ぐような気がする。
この娘に己が惹かれているのかといえば、そうではない。ただ、永い間味わい続けたことのある思いに駆られるような、胸騒ぎが起きるのだ。
しかし娘が道行く様子をよく見れば、隣を歩く若者がいるではないか。仲睦まじいところを見ると、おそらく恋仲か若い夫婦なのだろう。
娘は笑顔で、それでもゆったりと人混みの中を歩いていく。足元に積もった雪よりも白い着物が、本当によく似合っている。歩く度にちりん、ちりんと鈴が跳ねるのがまた、よりいっそう可愛らしかった。

(……情けないね)

はっと我にかえってから、仁吉は己の思考を裂くように娘から目を放した。
とうの昔に、自分の中で割り切れたはずの思いが、あんな小さな鈴の音ひとつに今もまだ翻弄され続けているというのだろうか。
視線を人混みから小間物屋に戻すと、隅の方に小さな鈴の根付が付いた紙入れがある。自然に目に止まった。なんとはなしに手に取ってみると紙入れは男女兼用なのか、女性用にしては少し華やかさに欠け男性用にしては少し華やかさのある、薄い藍色の地に錦の柄が描かれている。鈴の根付は白い紐で付いていて、藍色との色合いが清々しくて心地好い。

(一太郎ぼっちゃんに、似合うだろうか)

刹那の間……仁吉はそう考えた。だがすぐに、紙入れを元の位置に戻す。

「……あたしもまだまだ、青二才だね」

人混みの中、仁吉の声は白沢にしか届かない。
騒つく中で空を見上げると雲行きがどうも怪しい。じきに雪が降るかもしれない。
空から目を離して、番頭の本を抱え直すと、仁吉は長崎屋への帰路を急いだ。


※ 矢立…携帯用の筆記具 


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