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陽光(リメイク前)
不可解な行動


「それからは、夜月くんは私達とちゃんと話してくれるようになって……」

 夜月くんと、雑談しながら歩を進める。今はちょうど、彼と再会したばかりの頃――土盾くんをきっかけに、グループの中に夜月くんが入ってくれた時のことを話していた。

「そうなんですか? 元々の僕って、本当に無愛想だったんですね……」

「そうかもしれないけど、私はあまり気にしてないよ。最初は怖いっていうか、どう接すればいいのか、よく分からなかったけど……。だんだん、夜月くんの優しいところが見えてきて、それで……」

 そこまで話して、私は声を濁らせる。

「……そんな風に言われると、照れますね」

 そう言ってはにかむ夜月くん。話が途切れたと思ったのか、私の様子を不審だとは感じなかったみたい。

 だんだんと、あの桜の場所が近付く。胸の鼓動が、うるさいくらいに音を立てていた。

「……正直。自分が、光咲さんが言ってくれるような人間にはあまり思えないんです。僕達が出会ったのは、入学式からですよね?

 ――どうしてたった数ヵ月で『大切な人』と言われるまでになれたのか、少し疑問に思っていたりします」

 どきりとした。心臓をわし掴みにされたような、そんな錯覚を起こしてしまうくらいに。

 ちゃんと知っていたのに。夜月くんが、初めて逢った時のことを忘れているということは。


 ――……今の夜月くんは、私と初めて逢ったのが七年も前のこととは知らない。癒しの力について、隠しているからだ。

 あの力があったから、彼の人生が変わってしまったと言っても過言ではなくて。だから、迷いはあれど深空さん達は夜月くんにこれについて黙っていることに決めた。

 私が、その決定について口を挟む権利はない。けれど、結果として七年前についての話は何ひとつ出来ないでいる。

「そ……それは……その……」

 実際に『忘れられている』ことを、目の前で突きつけられて。何も、答えられなくなってしまう。
 私はどんな顔をしていたのか。夜月くんは少し目を見開いて、次の瞬間、慌てたように声を上げた。

「ご、ごめんなさい。変な事を聞いてしまって」

「う、ううん……夜月くんは悪くないの。私の方こそ、ごめんね……」

「ですが……。……」

 沈黙が訪れて、お互いに自然と足を止める。ちょうど、桜の場所の目の前に。
 夜月くんは何かに気が付いた様子はない。ただ、申し訳なさそうに私を見ている。


 ――夜月くんが、とても遠く思えた。

 七年前のことが話せない。再会してから今まであったことも話せない。
 ふたりで共有した時間も、私だけが覚えていて。彼の中には存在していない……。

 ――どうしようもない現実に、足元から崩れ落ちてしまいそうになる。


「……!!」

 その時。
 夜月くんが取った行動に、私はただ驚愕するしかなかった。
 頭に触れる、あたたかい感覚。それはゆっくりと、私の頭の上を往復する。

 ――夜月くんに、頭を撫でられていた。
 どこまでも、優しい手付きで。

「……あ……の。夜月、くん」

 夜月くんを見上げる。彼の表情は複雑で、微笑んでいるとも寂しそうな顔とも受け取れるものだった。

 まるで、包み込まれているような安心感。いつまでも、この感覚に浸っていたい。そう思ってしまう。


 ――……あれ。
 ふと、それらが懐かしく思えた。昔にも、こんな――。

「……あっ。……ご、ごめんなさい。いきなり変な事をして……!」

「ぁ……」

 夜月くんがハッとしたように手を離して、私の口からは思わず声が漏れる。

「……どうして、こんな事をしたんでしょう。本当にごめんなさい、光咲さん」

「謝らなくていいよ。……嫌とかじゃ、なかったから」

「いえ……さすがに突然、女性の頭を撫でたりするのは……でも、ありがとうございます」

 夜月くんは言った。どうしてこんなことをしたのか分からない、と。

「……身体が、勝手に動いていました。なぜ、でしょう……」

 頭が痛いのか、夜月くんは額を押さえながら苦悶の表情を浮かべる。

「大丈夫だからっ、あまり考え過ぎないでいいから!」

「……光咲、さん? でも、何か思い出せるかもしれませんし……」

「だけど……」

 夜月くんの眉間には、深い皺が刻まれていて。見ているだけで、辛そうだったから。だから、反射的に止めてしまった。

「大丈夫……です。少し、頭が痛いですけど。まだ、我慢出来ますから」

「…………」

 ……我慢なんて、しない方がいい。我慢なんて、耐えるなんて。
 彼は、辛いことに耐えきれなくなって記憶を喪ったんだから。
 それを、夜月くんは知らされているはず。なのに、なぜ思い出そうとするのだろう?

「どうして……どうして、無理をしてまで思い出そうとするの?」

「どうして、と言われると……」

 夜月くんは、思案するように口元に手を当てて。

「……光咲さんは、僕は思い出さない方がいいと思うのですか?」

「……それは……」

 言葉に詰まる。
 そんな私をじっと見つめると、やがて夜月くんはふっと表情を緩めて。

「……正直な話。自分が、記憶を無くしてしまう程に辛い気持ちを味わったという話に、現実味が湧かないのです。

 ……辛いと思っていた事も、その感情も、忘れてしまったから」

 「だから、甘い考えかもしれませんが」と繋いで。

「……僕だけが、覚えていない。光咲さんとの事も、土盾君達の事も、――母さんの事も。

 それが、嫌だと思います。悲しそうな顔をされる方が、辛いと感じます。だから、思い出したいと」

 そう願っているんです、と。夜月くんは私を元気付けるように、優しく微笑みながら言った。

「…………無理は、しないでね」

「はい」

 淀みない声色で、『思い出したい』と主張する夜月くんに、私はそれしか返す言葉がなかった。

 私がちゃんとしなくちゃいけないのに、むしろ夜月くんの方が私を気遣ってくれている。
 ……これじゃダメだって思うのに、怖じ気づいて身動きが取れない。

「それじゃあ、部屋に帰ったらゆっくり考えてみますね」

 行きましょうか、と夜月くんは変わらず笑顔を向けてくる。

「…………うん」


 そうして、私達は通り過ぎて行く。
 再会の場所だったはずの、桜から。



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