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陽光(リメイク前)
重なる面影

「…………あの」

 すると、夜月くんはどこか言い辛そうに、小さな声で告げてくる。

「僕の目から見ても、今の君が無理して笑っているのは分かります。……だから」

 心を決めたように、私をまっすぐな瞳で見つめながら。


「――大丈夫ではない時に、『大丈夫』とは言わないで欲しいです」

 ――……!!
 私は思い出す。
 かつての、彼の言葉を。

『……大丈夫ではない時に、大丈夫と言わない事です』

 正体を隠していても、大っぴらに優しくは出来なくても。――それでも、私のことを心配してくれた彼のことを。

「……っ」

「こ、光咲さん……? あ……」

 胸に当てた手を、ぎゅっと握り締めて。溢れてしまいそうになる涙を、必死で抑えた。

「……そろそろ別の場所に行こうか」

 彼の手を引いて、半ば強引に食堂を出る。
 泣いているところを、見られたくなくて。そして何より、それを見られることによって、彼に罪悪感を与えてしまうのが嫌だったから。

「あ、あの……光咲さん。やっぱり、僕――」

「いいの」

 慌てた様子の彼の言葉を断ち切って、私は早足で廊下をずんずん突き進んだ。


 その後も、私は校内を夜月くんと練り歩いた。
 一部を除いて、校内の全てを案内した頃には。空は赤く染まり、鮮やかな夕焼けが窓からいくつも差し込んで来ていた。

「あと、行っていない場所はありますか?」

 誰もいない教室で一休みしている最中、夜月くんが問いかけてくる。

「まだ行ってない場所……」

 私は声を濁らせる。
 まだ案内していなくて、行くべきか迷っている場所といえば。

 ――……屋上、だ。

「…………」

 夜月くんと、決定的な溝が生まれてしまったあの場所。私はあれから一度も訪れてはいないし、それは夜月くんも同じだろう。

 屋上に行けば――何か、思い出すかもしれない。
 でもそれは、彼が忘れたいと思ったことを呼び起こしてしまう可能性にも繋がる。

 そこまで考えて、ふと思った。
 ……私は、夜月くんに思い出して欲しいの?

 それとも、彼が辛い気持ちになるぐらいなら、忘れたままで大丈夫だと思っている?

 私は、きっと――……。

「光咲さん……?」

「! あっ、ごめん、ボーッとしちゃって!」

 いつの間にか夜月くんの顔が間近にあって、私は思わず身体を引いた。
 夜月くんは心配そうな表情で私を見ながら、

「だいぶ歩きましたし、疲れていますよね。ごめんなさい、気が利きませんでした」

「ううん、私は大丈夫だから。夜月くんは何にも悪くないよ」

 そう言っても、夜月くんは首を振って。

「……もう帰りましょう。見たところ、普通に生活する上で必要な場所は回ったと思いますし。もしもまだ抜けがあるなら、明日以降にお願いできますか?」

「…………うん」

 頷くしかなかった。迷いは消えないままだし、夜月くんに気を遣って貰うのは嫌だったから。
 本来、気遣わなくちゃいけないのは私の方なのに……。

「では、行きましょう。寮まで送ります」

「! ダメ、私が夜月くんを男子寮まで送るよ!」

 立ち上がりながらそう告げる夜月くんに、私は慌てて言い返す。
 と、彼も断固譲らないつもりなのか、きっぱりと首を振って。

「いけません。寮の位置なら、地図を持っているので把握していますから大丈夫です。僕が送ります」

「私が」

「僕が」

 …………実りのない言い争いが、しばらく続いた時。
 私はふと思い立って、さっきまで座っていた椅子に再び腰を下ろした。
 そんな行動を不可解に思ったのか、夜月くんは首を傾げて。

「……? 光咲さん……?」

「わっ……私、夜月くんが折れてくれないなら、ここを動かないから!」

「えっ?」

「帰りたいなら、ひとりで帰ってもいいよ。でも、私はここを動かない!」

 ここまで私を送ると主張する夜月くんが、私を置いて帰ることは、きっとない。
 それを理解しているから、私は彼の良心を利用して、わがままを言ってしまっている。

 罪悪感はあるけれど、私も譲れなかった。
 彼と、出来るだけ長く一緒にいたい。
 それに、男子寮の近くには……――私達がずっとふたりで話していた、あの桜の場所がある。

 そこを通りがかったら、夜月くんは何か言うだろうか。
 それとも、全くの無反応?
 ……知りたかった。ぜんぶ忘れてしまっているのだから、きっと後者なんだろうけれど。でも……。

「こっ、光咲さん? 何を言って……」

「と、とにかく! 夜月くんが飲んでくれなかったら私、一歩もここから離れないから!」

 もう一度宣言すると、ふたりで目を合わせたまま、お互いに何も言わない間が続く。

「…………」

「…………」

 やがてその空気が、微妙に気まずいものに感じられてきた時。夜月くんは苦笑いを零して、

「……分かりました。では、寮まで宜しくお願いします」

「……! うんっ!」

 ……やっぱり、そう答えてくれた。置いて行かれるなんてことは恐らく無いとは思いつつ、それでも少しだけ芽生えていた不安が消えていく。
 利用したのは申し訳ないけれど、嬉しいのは確かだった。
 その気持ちを表すように、ついつい元気良く頷いてしまう。

「ふふ……そんなに喜ぶような事ですか?」

 私の喜びようがおかしく思えたのか、夜月くんは声を上げて笑う。

「だって、夜月くんと一緒にいられるから……」

「……え」

 ――あ。
 自分がとんでもなく恥ずかしいことを言った事実に気付いて、顔がみるみるうちに熱くなるのが分かった。

「あ、えっと、そうじゃなくて! 変な意味じゃなくて、その……!」

「…………」

 夜月くんは、目を伏せて黙りこくってしまう。……顔が真っ赤になっているように見えるのは、夕焼けのせいではない……と思った。
 やがて、再び沈黙。今度は二人して顔を赤くしながら、何とも言えない空気を漂わせていた。


「…………そ、そろそろ行きましょうか……?」

「う、うん……」

 どれくらい沈黙していたのか。
 結局、夜月くんがそう切り出してくれたのをきっかけに、私達は教室を後にした。




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あきゅろす。
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