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陽光(リメイク前)
幕間『ある時の彼の独白』



 ――お父さんがいなくなってから初めて、ぼくは彼の元に足を運んでいた。
 彼は、ぼくの一番の友達。そう言っていいくらい、彼とは付き合いが長いんだ。

 枷を受けるようになって、ぼくは色んな人に――たけれど、彼はぼくを――いでいてくれた。だから自然と、ぼくは彼と会うことが多かったのもある。

 けれど一番の理由は、やっぱり気が合うということだと思う。一緒にいると、取り繕わなくていいからお互い楽。そんな関係だ。

 一緒にあちこち駆け回った。お父さん達の目を盗んで、山の中を探険ごっこもした。
 そんな楽しかった日々が、妙に遠く感じられて。
 ぼくは退院して間もなく、彼の家を訪ねていた。

「…………」

 彼の家。その扉の傍らにある呼び鈴の前で、ぼくはやけに緊張していた。
 自然と心臓の鼓動が速まっていくのを感じて、ぼくは胸を押さえる。


 ……お父さんが死んでしまってから、見える世界はガラリと変わってしまっていた。

 お母さんは、ぼくに隠れて泣いていた。

 家の中は、時間が止まったように凍りついていた。

 ――だからかもしれない。今まで何があっても変わらないでいてくれた彼のところに、行こうと思い立ったのは。


「……」

 ぼくは何度も深呼吸をして、緊張を少しだけ和らげた。
 そして、ようやく決意を固めて。背伸びをしながら、呼び鈴に手を伸ばし――。


「夜月っ!」

 ――かけたところで、遠くから声をかけられる。彼の声だ。
 ……でも、どうしてだろう。やけに不機嫌そうだ。

 振り向くと、彼は母親と一緒だった。
 身を寄せ合うようにしながら、なぜかぼくをにらみつけていた。

「……夜月君。悪いのだけど、私達はこれから引っ越しの準備で忙しいの。帰って下さる?」

「え、あ……引っ越し、ですか?」

 いつも、家に行けば優しく出迎えてくれたはずの人達が。ぼくに冷たいまなざしを向けている。
 それがなぜだか分からなくて、ぼくは戸惑いを隠せなかった。

「……そうよ。私達、来週には遠くに引っ越すの」

「ば、場所はどこなんですか?」

「……さあ。どこかしらね」

「え……?」

 イライラしたように、彼の母親は顔を歪めた。
 訳がわからない。どういうことだろう?

「……夜月」

 すると、今まで黙っていた彼が口を開いた。

「……もう、おれ達とは会わないでくれないか」

「……え」

「正直さ、迷惑なんだよ。……巻き込まれたくないんだ」

 どういう、こと?
 巻き込まれるって、なに?

 わからない。彼が、彼らが、何を理由にそんなことを言うのかが。

「おれは聴いたんだ。お前、自分の父さんを殺したって……」

 ……!!
 あまりの衝撃に、一瞬息が出来なくなる。身体が震える。

「お前の父さんは、崖から落ちて死んだんだろ? じゃあつまり、お前は自分の父さんを突き落としたってことになるよな?」

 崖から落ちて、お父さんは死に、ぼくは無傷で生き残った。
 その状況とぼくの自白から、彼はそう解釈したみたいだ……。

「ち、ちが……ちがうよ。ぼくは……」

「じゃあ、なんでそんなことを言ってたんだ!? 答えろよっ、違うなら本当のことが言えるはずだろ!」

「ぼ、ぼく……は……」

 違う。そういうことじゃない。そう答えようとした。


『よ……づき、……っ』

 その瞬間。脳裏に、お父さんの最期の姿が甦る。
 何かを言おうとしていた。そうして、ぼくにゆっくりと手を伸ばし――触れることなく、崩れ落ちた姿を。

「どうしたんだよ。何か言えよっ!!」

「ぼ、ぼく……は……」

 ――お父さんは、きっと。助ける力があったのに何もしなかったぼくに、絶望したに違いない。
 手を伸ばしてきたのも、何かを言いかけたのも、どうしてだと糾弾するためのものだと思った。

 ――お父さんの身体から流れる赤い液体が、ぼくの手に付いたそれが、目に焼き付いて離れなかったから。


 ――お父さんが死んでしまったのは、ぜんぶ、ぼくのせいなんだ。
 それなら、お父さんはぼくが『殺した』ことになるんじゃないのか?

「…………」

 ……そう。だからあの時も、『ぼくがお父さんを殺した』と言ったんだ。

「おい、何とか言えよ! 夜月!!」

 ――ぼくはなにも言えなかった。
殺すつもりじゃなかったなんて、言い訳
にもならない。
 細かい部分が違うとしても、起こした事実は変わらないんだ。

 ――ぼくが、お父さんを殺したということは。

「……じゃあ、やっぱりそうなんだな」

「…………」

「……やっぱり、お前とはもう会えないな」

「っ……」

 氷のような目だった。今まで見たことこなかった彼の瞳に、ぼくは恐怖すら感じる。

「関わって、お前の父さんと同じになるのはごめんだ……」

「………………」

 ――ぼくはもう、なにも言えなかった。
 なにか言ったところで、なんの意味も無いから。

 ただ、彼らの目から逃れるように――立ち去ることしか、できなかった。



 ――それから七年後。
 ずっとひとりでいた僕に、『彼女』は手を伸ばしてくれた。
 僕は彼女に対して酷い事ばかりしてきたのに、彼女は全く責めなかった。
 それどころか、僕の事を知りたいとまで言ってくれた。逢えて良かったと、言ってくれた。

 ――だから、せめて。
 僕は、彼女を大切にしたかった。
 今まで酷い事をした分、いやそれ以上に、彼女に優しくしたかった。

 僕は、いつの間にか――彼女の事が好きになっていたんだ。


 ――でも……。
 実際には、なにも出来なかった。

 彼女と親しい『彼』や、昔の自分に対する羨み、嫉妬心。そればかりに囚われた。

『う、うん。……また、明日……』

 一度は分かり合えたと思ったのに。
 会う時間が増えれば増えるだけ、心はどんどん遠くなっていくような気がした。
 かつて自分で危惧していたように、どんどん深みに嵌まっていき。
 僕は、彼女に優しくするどころか、悲しそうな顔ばかりさせていた。

「……これじゃあ、今までと何ひとつ変わらない……」

 自室の隅で、抱えた膝に顔を埋める。

 ……これでは、正体を隠して彼女に接していた時と同じだ。全く進歩していない。
 それが分かっている癖に、僕は立ち止まってばかりだった。



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あきゅろす。
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