陽光(リメイク前)
縮まる距離
ふと壁に立て掛けられた時計に目をやると、あれから一時間半が経過していたのが分かった。
読書の進み具合はというと……もう少しで半分行くというところだ。想定していた以上に進行が遅い。普通に読んでいるわけじゃなくて、文を舐めるように、じっくりと見ているからだろうな……。
――少し、目が疲れたかも。
そう思って、気晴らしに外でも眺めに行こうかな、と窓のある方へ顔を向ける。と、
「……!」
視界の隅に、風羽くんの姿が映って。私は少しどきりとした。
風羽くんが読んでいるのは、さっきの本とは違う。脇に置いてある本を見るに二冊目みたい。やっぱり読書に慣れている人は、読むスピードも段違いなんだな……。
そんな感慨めいた気持ちで、風羽くんを見ていると。
「――っ!!」
突然顔を上げた風羽くんと、思いっきり目が合う。その瞬間、心臓が大きく音を立てた。
私は即座に顔を下げて、さも本しか見ていませんよ、と言わんばかりな態度を取る。
その間も、胸の鼓動が収まらなくて。なんとかそれを正常にするために、私は風羽くんから意識を逸らそうとした。
――そうして、本のページをめくろうとした時。
「つっ……!」
唐突に、指先に痛みが走って。見てみれば、一直線に切り傷が出来ていた。どうやら、紙で切ってしまったみたいだ。
じんわりと滲み出るような痛みが続き、さらには血も出始めて、私は顔をしかめる。
「……これを」
――えっ?
いきなり聞こえてきた声の主は、風羽くんだった。
いつの間にここに来ていたのか、彼は私の目の前に何かを差し出してくる。
「……絆創膏?」
見上げれば、傍に立つ風羽くんは無表情に私を見据えている。ただ無表情に、私へと絆創膏を渡そうとしていた。
「……使って下さい」
「え、あ……うん。ありがとう」
戸惑いながらも、私は風羽くんの好意(だと思いたい)に甘えることにした。
感情の見えない部分はあるけれど、風羽くん、優しいところがあるんだな。……なんて思っていると。
「…………血が不快なので」
あっ……そういうことか。
別に私を心配してたわけじゃないと分かって、ちょっと残念な気分になる。……でもまぁ、血を見て喜ぶ人なんてそういないよね。
「ありがとう、風羽くん」
「…………」
改めてお礼を言うと、風羽くんは無言で背を向け、もといた場所へ立ち去ってしまった。
でも、そこまで嫌な印象は受けない。たぶん、何だかんだで嬉しかったからだと思う。
――風羽くんの、新たな一面を見られて。少しだけ、距離が縮まったように感じられたから。
その後は、驚くほど読書が捗って。三十分後には読み終えられた。
風羽くんの言っていた通り、確かにこの本には治癒の魔法についての記述があった。
詳しいことはあまり書いていなかったけれど、その中に気になる文を見つけて。私はそれを、今週の土曜日に確かめることを心に決めた。
――それからさらにニ時間後。他の本を二冊読み終えた私は、そろそろ寮に帰ろうかと腰を上げる。
窓から差し込んでくる夕焼けを背に図書室から出る直前、何となく後ろを振り返ると。
風羽くんは、未だにあの場所にいた。
さっき見た時とはまた別の本を広げて、遠い眼差しをそれに向けている。
彼の近くに身を寄せ合っている男女がいるからか、何だか『ひとりでいる』ことが強調されているようだった。
『―― ただ、時間を潰すのに一番適していたのが読書だっただけです』
風羽くんの言葉が、頭の中にしこりのように残っていた――。
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