陽光(リメイク前)
見つめてしまう
その日の放課後、私は図書室へ向かっていた。
目的はひとつ。思い出の男の子に関する何かがないかと調べる為だ。
彼が私に見せた、治癒の魔法。それの記述のある本を探す。少しでも、彼のことが知りたい一心だった。
一目じゃ見渡せないほどに広い、図書室の棚ひとつひとつを見て回る。高くまである本の背表紙にも、全てに目を向けた。
そうして、下から上まで見渡す作業に首が疲れて来た頃。
「……あ」
次の棚に移動した時。私は見知った顔を目にして思わず足を止める。
――……風羽くんだ。
「…………」
風羽くんは、棚の中に隙間なく詰められた本の背表紙を追うように指先を当て、ゆっくりと動かしていた。
私はその様子を、じっと見つめる。まるで初めて会った頃のように、釘付けになっていた。
「……」
風羽くんの周囲は纏っている空気のせいか、やっぱりそこだけ世界観が違うように思える。……なんだか不思議な感覚だ。
本を眺めているはずなのに、彼の眼差しは、どこか遠くを見ているようで。一体いま、何を考えているのだろうと思った。
「…………何ですか」
「! あ、ご、ごめんっ!」
ふいに風羽くんがこちらを向き、目を細めてくる。どうやら、私の視線にはずっと気付いていたみたい。
「……図書室では静かに」
「あ……は、はい……」
もっともな言葉と、風羽くんの淡々とした声色に、私は萎縮しながら声を潜めた。
そんな私を尻目に、風羽くんは本の方へ視線を戻して。
「……何か用ですか?」
一冊の分厚い本を抜き出しながら、ぽつりと一言。それを聞いた私は何となく焦りながら、
「特別用があるわけじゃないんだけど……風羽くんがいたから」
風羽くんは振り向き、不審そうに眉を寄せて。
「……君は、図書室でクラスメイトを見つけたら凝視する癖でもあるのですか?」
「ち、違うけど……。何となく、見てたの」
私自身、出会った時といい今といい、なぜ風羽くんのことを眺めてばかりいるのか分からない。だから何とも言い難くて、ごまかすような口調になってしまった。
「ね、ねえ風羽くん。風羽くんって、よく本を読んでるよね。読書、好きなの?」
あんまり図書室で話し込むのは良くない。そうは思うのだけど、つい会話を続けてしまう。
「……別に。――ただ、時間を潰すのに一番適していたのが読書だっただけです」
あ、そうなんだ……。
時間を潰すためだけに、本を読む……風羽くんの言い方は、つまり時間さえ潰せるなら何だっていいということで。突き放したような言葉に、なんとも言えない気分になった。
「……それでは」
「あっ、待って……!」
「…………まだ何か?」
行きかけた足を止め、風羽くんは私に目を向ける。
――内心めんどうくさいと思っているだろうな……。反射的に呼び止めてしまったことを後悔した。
けれど、これで何もないと言う方が失礼な気がして。焦った頭の中で必死に見つけた話題を、恐る恐る口にする。
「私、調べたいことがあるんだけど……その本がどの辺りにあるのか、風羽くんは知らないかなって」
「……調べたいこと?」
「うん。……その……治癒の魔法について」
前この話をしたら、風羽くんは私から避けるように去って行ってしまった。だから今回も、同じ結果になることを覚悟しながら問いかける。
「…………」
案の定、風羽くんは口をつぐんでしまい。気まずい沈黙が、私達の間に流れた。
「……ご、ごめんね。そんなの、自分で探せって話だよね。それじゃあ――」
「……君の右隣にある棚の、下から三列目、右から七番目にある青色の本」
「えっ?」
「……そこに、それに関する記述が有ったと記憶しています。……大した文量ではありませんでしたが」
立ち去ろうとしたその瞬間、風羽くんが答えをくれて。驚いた私は思わず目を見開いてしまう。
「あ、ありがとう……」
「…………いえ」
その場から風羽くんが立ち去るのを、どこかぼんやりと見送る。
彼がさっき手にした本は、どうやらここで読むみたい。テーブルが等間隔に並ぶ読書スペースの、一番すみっこに腰を落ち着けていた。
「…………あっ」
風羽くんがテーブルの上に本を広げ視線を落としたあたりで、私はハッとして声を上げる。
――……また、じっと見つめてしまっていた。
いくら今は遠い位置にいるとはいえ、さすがにじろじろと見すぎ……だよね。
頭を切り替えよう。そう思い、私は風羽くんが教えてくれた本を手にして、読書スペースに向かう。
座るのは、彼と直線上いちばん離れた席にした。人があまりいないから、見ようと思えば見える位置ではあるけど……近くに座るよりはマシだよね。
「……」
本をめくり、私は目次に視線を巡らせた。――治癒魔法に関することは書いていない。
風羽くんは大した文量はないと言っていたし、他の記述に混じって、少しだけ書かれているということみたいだ。
一ページずつ、見ていくしかないな……。
本は分厚くて、全部に目を通すのに一時間以上は掛かりそうだ。
私は気合いを入れて、本文に視線を落とした。
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