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陽光(リメイク前)
彼の約束
 

 ――それから次の日も、その次の日も。夜月くんは授業を休んだ。
 理由は体調不良だと、細川先生は言っていたけれど。詳しいことは、何も教えて貰えなかった。

 女子寮が男子禁制であるように、男子寮もまた女子禁制だ。だから夜月くんの様子を直接見に行くことも出来ず、私は門前払いを食らってしまっていた。

 火宮くんや優次くん曰く、夜月くんは部屋に閉じ籠もってしまっているらしく、話しかけても返事はしないし、食堂に姿を現すこともなくなっているそう。
 ……土盾くんはあの日以来、『少しは反省すればいいんだ』と言っていて。火宮くん達が夜月くんの部屋に行こうと誘っても断っている。

「あと……火宮、陰糸、来い」

「えー!? めんどくさー……」

 朝のHR前。細川先生は一度ここにやって来たけれど、どうやら運んで来なきゃいけないプリントが数多くあるそうで。
 適当な調子でクラスメイトを数人指名すると、すぐに教室を出て行った。

 運悪く名前を呼ばれてしまった穂乃花と火宮くんは、前者は『めんどくさい』、後者は『仕方がないな』と言い残し。他の生徒達とともに、先生の後を追った。


「はあ……」

 教室の中は、数人のクラスメイトがいなくなっても、いつも通り騒がしくて。――でも、夜月くんの存在は、どこになくて。
 ぽっかり空いた彼の席を見つめながら、つい私は溜め息を零していた。


『元々、僕なんか必要なかった……』

 あの時の夜月くんの顔が、消え失せてしまいそうな声が、頭から離れない。

「――ひなたちゃん、あんまり考え過ぎない方がいいよ。ひなたちゃんが気にする事ないって」

 左斜め前の席にいる土盾くんが、私の方へ身体ごと向けて、椅子の背もたれに顎を置いた状態で言う。
 「ちゃんと言葉にしない夜月が悪いんだ」、と口を尖らせた。


「……約束したのにさ」

「えっ?」

 ぼそりと呟かれた『約束』という言葉に、私は目を見張った。
 すると、土盾くんは頭を掻きながら。

「それがさ――」

「風羽さんっ!」

 突然、土盾くんの前に座っていた優次くんから声が上がる。そのまま立ち上がり、走って行く彼を視線で追うと、そこには――。

「夜月くん……!」

 思わず席を立つ。
 会えなかったこの三日間、不安で不安でしょうがなかった。
 夜月くんの姿を目にした瞬間、胸の奥にじんわりと熱いものがこみ上げてくる。

 本当に――夜月くんに会いたかった。

「あの……この間は、ごめんなさい。ボク……」

「……謝らないで下さい。全面的に僕が悪かったのですから……」

 逸る気持ちを抑えながら、何事かを話している夜月くんと優次くんに近付く。――と、

「……!!」

 あるものを目にした時。

 私は、頭をガンと殴られたような衝撃を受けた。

「……よ……づき、くん」

 茫然と呟く。
 私が見たもの、それは。――夜月くんの目の下にある、大きな隈だった。

「……」


 夜月くんは私に目を向ける。その眼差しには、屋上にふたりきりでいた時……私を大切だと言ってくれた時の熱は、感じられなかった。

 三日前よりも明らかに痩せ細った、疲れきったような顔。それが、会わない間に彼がどれだけ苦しんでいたかを物語っているように思えた。

 以前のように、不眠になっているのではないか。しかも、あの時よりもかなり悪い状態なのでは。そんな不安に襲われた。

「ま……待って、夜月くん。私、話が」

 ふい、と顔を逸らして。夜月くんは、私と優次くんの脇をすり抜けて歩き出してしまう。
 戸惑い、焦り。様々な感情が頭の中で渦巻くけれど、とにかく何か言わなくちゃと思った。

 ――でも。呼び止めた私に対して、夜月くんは。

「……すみませんが、今は西園寺さんと話があるので、後にしてくれませんか」

「え……」

 立ち止まり、背を向けたまま告げてきた夜月くんの返しは、まるで想像していなかったことだった。

「……聞こえませんでしたか? ……後回しにして下さい、と言ったんです」

 言葉を失った私に追い討ちをかけるように、夜月くんは続ける。

 ――拒絶、された。

 その事実が、一ヶ月間も無視されていたあの頃よりも、重くて……痛かった。

「どうせ……話した所で、何の意味もありません」

 小さな声。それは私と夜月くん自身、どちらを指しているんだろう……?

「……それでは」

 夜月くんを呼び止めることが出来ず、見送ってしまう。

 ――その手を掴んででも、引き留めたいと。強い衝動に駆られた。
 でも、離れた席にいる西園寺さんが夜月くんを見ているのに気付いてしまうと、それも出来なくて。伸ばしかけた手を、あえなく引っ込めた。

「……おはようございます。……すみません、急に休んでしまって。約束が――」

「――別にいいけど……それより、大丈夫なの? その顔……」

 ――夜月くんと西園寺さんの会話が、最初は断片的に届いたけれど。やがて声を潜めたのか、何も聴こえなくなった。

 夜月くんが、遠い。つい三日前まで、そばにいたのに。心も身体も、離れてしまった――……。



 昼休み。

「……」

 夜月くんの方に視線だけ動かす。彼は腕を枕にして、顔を隠した状態で眠っていた。
 ――ううん、恐らくは寝たふりをしている。
 朝から今までの、休み時間という休み時間。夜月くんはずっと、こうしていたから。

「ひなたちゃん、ほっとこうよ」

 土盾くんが私の肩を叩いて、食堂に行こうと誘ってくる。

「そうだよひなたー。あたし、お腹すいたー」

 寝ている人間に何を言っても無駄だと、棘のある声色で穂乃花も同意した。

 
 ――確かに、今の夜月くんはきっと何を言っても反応しないだろうと思う。でも、何も言わずに彼から離れるのは憚られて。私は彼にそっと歩み寄り、

「夜月くん。もし気が向いたら、食堂に来て」

 ……夜月くんはぴくりとも動かない。予想はしていたけれど、その反応のない反応が、ぐさりと胸に刺さる。

「……夜月くんの声、聞きたいよ……」

 ――夜月くんの、顔を見たい。声を聞きたい。……一緒にいたい。そんな本音が、知らず知らず口から出てしまっていた。

「…………」

 夜月くんからは、やはり反応はない。
 私は肩を落として、待っていた穂乃花達と一緒に教室を出た。


「……いつまでああしてるつもりなんだろうねえ、風羽クン」

 生徒達が行き交う廊下。食堂へ向かう道すがら、穂乃花が話を切り出してくる。

「あんなん完全に拗ねた子供だよねー。ていうかさ、前々から思ってたけど、風羽クンって意外と子供っぽいよね」

 私に笑いかけて、

「ひなたってちょい鈍感だから気が付いてなさそうだけどさ。ひなたが誰かと話してる時とか、風羽クンはチラチラチラチラ見まくってるんだよ? 時々かんなり長くじぃーっと見つめてたりもしてるし。

 本人に自覚があるかはともかく、あれは確実に『構ってほしい』って空気だったねぇ」

「え……」

「だよね。夜月って人に構って欲しいって雰囲気出してるよなぁ。特にひなたちゃんには、肝心な時には何も言わない癖に、傍にいない時ばっかり本音っぽい事を言うしさ」

 ……穂乃花達の発言に、私は驚きを隠せない。何度も見られていたとか、全く気が付かなかった。



「構って欲しい……それだけには、見えなかったが」

 すると。ふたりに、火宮くんが異を唱える。
 火宮くんは、『上手く言葉で表現出来る自信は無いが』と前置きして、

「……風羽が光咲に歩み寄ろうとして、直前で止める姿を何度か見たが……それは決まって、光咲が土盾と話している時だった。お前達が二人きりで話している時に風羽が自分から近付くのを、少なくとも俺は目にした事がない」

 そこで、火宮くんは私の方を見て。

「……風羽の様子がおかしくなった三日前、お前達は三人でいたんだろう?」

「う、うん……」

「なら、その時に何かあったんじゃないのか? お前達に、ではなく風羽に、の可能性もあるが」

「何かって言ったって……」

 思い当たることがないと、土盾くんは頭をガシガシと掻く。

「ひなたちゃんはどう? オレと屋上で会うまで、夜月と何かあった?」

「土盾くんと会うまで……」

 真っ先に考えたのは、土盾くんが屋上に入ってくる直前。―ー夜月くんが私に、何かを言おうとしたことだった。
 そのことをみんなに話すと、穂乃花はうわぁ、と非難の声を上げて。

「土盾クン、間が悪すぎー。出てくるタイミング最悪じゃん」

「うっ。た、確かにそうかもしれないけどさ……! 別にオレがいても、自分の言いたい事を言えばいいじゃんか」

「第三者がいたら、ムードも何も無くなるじゃん。風羽クンも運がないねぇ」

「ムードって……」

 実際、土盾くんの登場によって、良くも悪くも場の空気が変わったけど……。それは穂乃花の言うような『ムード』だっただろうか。

「……夜月の奴。ちゃんと言おうとしてたんだ、一応」

 「だったら、ちょっと悪い事したかも」と、土盾くんは声を落とす。

「……でもさ。それならオレに、今はひなたちゃんと話してるからって言えばいいのに。言っても無駄だって思われてるのかな……」

「そうではなく……ただ『言えなかった』んじゃないのか」

「言えなかった……」

 火宮くんは頷く。私と土盾くんが話している時の夜月くんの態度からして、そう感じると続けた。

「……」

 私は、あの時の夜月くんの言動と、みんなの話を照らし合わせて考えてみる。

『……それに比べて、土盾君といる時は随分と楽しそうだと感じました。……僕といる時とは大違いです』

 ――火宮くんの推測を証明するように、夜月くんは土盾くんと自分とを比べていた。
 思えば前にも、夜月くんとふたりで話していた時に土盾くんの話題を出したら。――夜月くんの様子が、急におかしくなったことがあった。
 次の日には普段通りに戻っていたから、私の気のせいかと思っていたけれど。……既に兆候は現れていたんだ……。


「あっ、……あの……ひなたさん。少しだけ、お話いいでしょうか……?」

 唐突に私の前に進み出た優次くんが、恐る恐るといった調子で話しかけてきた。

「その……風羽さんの、ことなんですけど。……出来れば、ふたりきりで」

「何でだよ? 夜月の事なら、別に皆いてもいいじゃんか」

「い、いえ、……その、あまり多くの人に言うのは……。風羽さん、嫌がるかと……思いまして」

 どうでしょう、と優次くんは私を見つめる。

 夜月くんのこと……いったい、どんなことだろう。優次くんの知っていることが何なのか、見当もつかない。

「ひなたさんは、知っておいた方がいいんじゃないかって……そう、思ったんです」

 ――優次くんの様子から、きっと私に切り出すのにもかなり悩んだんだと思う。
 それでも、優次くんは私に教えようとしてくれている。私の知らない、夜月くんの話を。

「……うん。私、知りたい。教えて、優次くん」

「……! は、はいっ!」

 ぱあっと顔を明るくして、優次くんは大きな声を上げた。

「それじゃあ、あたし達は先に行ってるから。ごゆっくりー」

 穂乃花達と別れ、私と優次くんは落ち着いて話が出来るところを探して歩き出した。



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