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陽光(リメイク前)
不要なモノ

「……すみませんでした」

「えっ?」

 夜月くんの口から発されたのは、急な謝罪。
 彼が謝ることは、なにひとつ無いと思うのに。……どうしたんだろう。

「……僕は結局、君に何も出来なかった」

「え……」

「今朝から様子はおかしいと思いましたが、HR直前とその前とでは、何かが違うと思いました。……だから、少しでも普段と違う事をして――君が気晴らしを出来ればと、そう考えたのですが……」

 結局、何も出来なかった、と。夜月くんは、その言葉を繰り返し口にした。

「なにも出来なかったって……そんなことない。今、夜月くんの気持ちを聞いて。私、すごく嬉しいよ」

 私を見て、そこまで考えてくれたことが嬉しい。夜月くんを悩ませていたのは申し訳ないけれど、この気持ちも本当。

 だから、私はそう訴えかけた……けれど。


「――ですが、君は一度も笑顔を浮かべる事はなかった。……僕といる間、一度も」

「……!!」

 絞り出すような声。

「……それに比べて、土盾君と話している時は随分と楽しそうだと感じました。……僕といる時とは大違いです」

 逸らされる視線。

「元気にさせるどころか……寧ろ戸惑わせてしまいました。……ですから――すみません」


 ――違う。

「そうじゃない!」

 思わず、私は声を上げていた。自分の気持ちを分かって欲しかったからだ。

 確かに、普段と違う姿に戸惑いはした。けれど、彼は誤解している。

「私が夜月くんと一緒にいるのは、そうしたいって思ったから。夜月くんといたいって、そう思ったからだよ!」

「……」

「色んなことが一気に起きて……悩んでたのは本当。だけど、さっき夜月くんが私を誘ってくれた時。――私、すごく嬉しかったの」

「……」

「だから、お願い。自分が何も出来なかったなんて、言わないで……」

 逸らされた視線は、戻って来ない。それが、堪らなく辛くて……胸が締め付けられた。



 私の訴えを最後に、その場に沈黙が下りる。
 夜月くんは顔を背けたまま、何も答えず。私はそんな彼を、ただ見ていることしか出来なかった。


「――いつまでそうしてるつもりなんだよ、夜月」

 一体どれほどの時間が経ったのかは分からない。
 張り詰めた空気を破ったのは、私達のやり取りを静観していた土盾くんだった。

 土盾くんは苛立ちを抑えたような声色で、夜月くんを不満げに睨みつけながら。

「都合が悪くなると、すぐ黙り込んで自分の殻に閉じこもってさ。オレ、夜月のそういうとこ、すんげー嫌い」

「……!」

 嫌い。その言葉に反応してか、夜月くんは僅かに目を見開いた。

「そうやって逃げてばっかいるくせに、いつも誰かに理解して欲しいって顔してる。そんなの無理だろ、普通に考えてさ」

「……っ」

「本当に言いたい事、ちゃんと言えよ。今の夜月は、一番肝心な事を言葉にしてない!」

 夜月くんは唇を噛みしめる。その様子が、土盾くんの指摘が的外れかそうでないかを、物語っているように見えた。

「……僕の事なんて、なにも知らない癖に。……何を根拠に、知ったような口を」

「そりゃ知らないよ。夜月は何も言わないんだから」

「っ……」

 無理に冷たく言い放ったような声も、ぴしゃりと遮られて。夜月くんは眉を顰めた。

「……でも、オレは夜月の事、友達だって思ってるから。だから、何となく感じた事を言っただけだよ。根拠なんて、オレには難しくて考えられないし。

 ただ、今のままじゃいけないと思ったから。――それだけの理由じゃ、友達に文句も言っちゃ駄目なのかよ」

 土盾くんの『文句』は、夜月くんの心にどう響いただろうか。その表情に微かに浮かぶのは、驚きと――迷い、に感じられた。

 夜月くんはしばらく土盾くんを見つめ、そして俯く。
 息の詰まるような空気が、辺りを支配していた。


「…………しい」

「え……?」

 その時。この空間には不似合いなほどの、緩やかな風が吹いて。夜月くんの声が、かき消された。

「……眩しい、です」

「まぶしい……?」

 土盾くんは首を傾げる。私も、夜月くんの発言の意味が分からなかった。

「――!」

 夜月くんが顔を上げ、私達の前に表情を晒す。

 彼の表情は、とても複雑なものだった。
 無表情とも取れ、泣きそうな顔とも取れる、笑っているとも解釈できるような――そんな顔。

 それを目にした私は、無意識に胸に手を当てて、ぎゅっと握り締めていた。


「……元々、僕なんか必要なかった……」

「……!!」

 ――嫌。

 消え入りそうな彼の声に、心の底から、そう思った。
 でも、口からその単語が出ないのは。多分、ショックが余りに強かったからだろう。

『……ひなたが支えにしているのは、七年前の僕で。……今の僕は、必要ない……』

 連鎖的に、熱に浮かされていた時の彼の言葉を思い出した。あの時も、夜月くんは自分のことを――。


「っ――!」

 その瞬間。一陣の冷たい風が吹いてきて、思わず目を覆おうとする――直前。

 まるでタイミングを見計らっていたかのように、夜月くんが駆け出したのが見えた。

「あ……っ!!」

 反射的に伸ばした手は、彼の制服の裾を掠めただけで。……なにも、掴めなかった。

「夜月の分からず屋ッ!!」

 土盾くんの叫びにも、夜月くんは振り返らず。そのまま、屋上を出て行き。
 バタンと音を立てて、扉が閉められた。


「……っ……」

 その大きな音が――私と彼の間に、大きな隔たりを作ったような気がした。



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