陽光(リメイク前)
饒舌な彼
「これからの予定だが、まず今月末に星降りの日。そして来月中旬に修学旅行が控えている。
後、これは行事ではないが……。一年生は毎年、各クラス各班の代表が自分のグループメンバーを校内放送で紹介することになっている。二ヶ月後とまだ先の話だが、各班、代表を決めておけよ」
HRのさなか。細川先生の話をどこか遠くに聞きながら、私は小さな溜め息を吐く。
……西園寺さんと一緒にいた夜月くんの姿が、頭に焼き付いて離れない。
彼の変化に乏しい表情の中に、どんな感情があったのか。――知りたいけど、知りたくない。そんな矛盾した思いが、入り乱れていた。
『西園寺さんは男子の憧れだからねえ。いくら朴念仁の風羽クンでも、あの子と顔を突き合わせて話が出来るなんて今の状況は、内心歓喜じゃない?』
頭の中で、穂乃花の声が蘇る。
……今まで夜月くんは、人と深い関わりを持とうとしなかった。けれど最近は土盾くん達となら、よく話をするようになっていて。
独りにして欲しい。存在を気付かれなくても寂しくない。嘘だったにしろ、そんな風に言っていた彼の、その変化が嬉しいと。――そう思っていた、はずなのに。
……なぜ。話す相手が西園寺さんでは、こんなに胸が苦しくなるんだろう。
「……っ」
締め付けられるような痛みに、思わず胸を押さえる。
――穂乃花は、今の私の状態を『嫉妬』と表現していた。
私は、西園寺さんに……嫉妬、しているのだろうか。
「……」
すぐ近くに感じる気配は、隣の席に座る夜月くんのもの。今まで意識して見ないようにしていた彼の方へ、そうっと視線を向ける。
「――!」
私は目を見開く。そこで見た夜月くんの様子に、既視感を覚えたからだ。
――夜月くんは目を伏せ、胸元の辺りに手を当てている。それはずっと前、まだ再会したばかりの頃に、彼がしていたことだった。
……今見れば、その様子は。――制服の下に身に着けているペンダントを、握ろうとしているようで。
小さい頃にお母さんから貰ったという、お守り代わりのペンダント。それに触れようとする行為が、なにを指すのか。……あまり良いこととは、思えなかった。
俯く夜月くんの、瞳が。――微かに揺れているように見えたからかもしれない。
(夜月くん……)
彼は今、なにを考えているのだろう。
その気持ちに触れたい、そんな風に思うけれど……。
以前はあれだけ、彼の本心を知りたいと考えていたのに。
――今は、恐怖心に似た思いがあった。
放課後。
教科書やノートを片付ける私の前に、誰かが立つのを感じて。見上げると、
「……ひなた」
「……!」
そこには――夜月くんがいた。
「……もし、君が良ければ。……今日は、学内を少し歩きませんか」
……なんだろう。声の調子が、普段よりも明るいような気がする。ほんの僅か、何となくそう感じるという程度だけれど。
「歩く……?」
その違和感と、今までに無かった提案に私は戸惑う。
「……いつも、同じ場所にずっといるので。……たまには、と……そう思ったのですが」
歯切れ悪く、夜月くんは説明する。
「……それとも。今日は何か予定がありますか? ……嫌でしたら、正直に言ってくれて構いません」
「う、ううん。……行く。行きたい、な」
私は、思わず頷いていた。
――未だに、心のもやもやは消えていないけれど。夜月くんが誘ってくれたことに、喜びを覚える自分もいたから。
「……僕達のグループの班長は火宮君ですが、校内放送での代表は他の人間でもいいと聞きました。
僕は正直、出来れば遠慮したい所ですが……土盾君あたりが、くじ引きでも提案して来そうで。……今から胃が痛いです」
学園内を、ふたり並んで当てもなく歩く。その最中、夜月くんは驚くほど饒舌だった。
いくつもの話題を経由したけれど、それらはすべて夜月くんが切り出したもので。普段とは全く違う姿に、さっき以上に困惑する。
「……おかしいですか」
「えっ?」
夜月くんはふと立ち止まって、ぼそりと呟く。その声はとても小さくて、今まで話していたトーンとのギャップもあり、よく聞き取れなかった。
「……僕が多弁なのは、おかしいですか」
「! う、ううん! おかしいとかじゃないの! ……ただ、ちょっとびっくりしただけで……」
慌てて否定すると、夜月くんは目を伏せて。
「……いいんです。自覚はしていますから」
……無口な人間が突然よく喋るようになったら、驚いてしまうのは当たり前。夜月くんはそう言って、
「……ですが。これでも、人と話すのは好きな方なんですよ。……同時に、苦手でもありますが」
「好きだけど……苦手なの?」
「……ええ」
「つまらない話は止めにしましょう」と結んで、夜月くんはその話を打ち切った。
「……君がもし、代表になったら。……誰をどんな風に紹介しますか?」
話はひとつ前に遡り。二ヶ月後にあるという、各班の代表が自分の班員を紹介する行事についてに戻った。
再び歩き出しながら、夜月くんは促すようにチラリと私を見る。その視線に、少しだけどきりとした。
「……えっ、と。……その。例えば、穂乃花はちょっと意地悪なところがあるけど、優しいところも……とか。火宮くんは人のことをよく見てて、面倒見のいい班長です……とか?」
「……水霧君と、土盾君は?」
「え、えぇっと。……優次くんは慌てん坊だけど、全力を出した時は凄いとか。土盾くんは……まっすぐな明るさに、元気を貰う……とか、かな」
話しながら、私は内心パニックになっていた。――この流れじゃ、次に夜月くんは自分はどうなのかと聞いてくるんじゃないか、と思ったから。
「…………」
……あれ……?
予想に反して、夜月くんは何も聞いてこなかった。
ただ、俯きがちになって口を噤み。ふたりで歩き出して初めて、私達の間に気まずい沈黙が生まれた。
――どうしたんだろう。私、なにか変なことを言っちゃったのかな……。
夜月くんが思い出の男の子だと気が付かなかった時みたいに。――知らず知らずの内に、彼を傷つけていないかと不安に駆られた。
――それとも。……私が夜月くんのことをどう思ってるかなんて、興味がないってことなのかな……。
「……すみません。いきなりこんな事を聞かれても、困りますよね」
「……え……?」
その時、夜月くんが浮かべた表情に。私は疑問の声を上げてしまった。
なんと表現するべきか……表情を『浮かべた』というより、『歪ませた』という方が正しいかもしれない。
ほんの僅かに口角が上がっていて、目を細めて……あ。
私ははたと気付く。もしかして、夜月くんは。
――笑いかけようとした?
ほぼ直感に近いけれど、そうなんじゃないかと思った。
……ただ、それは前に見たような柔らかい笑顔ではなくて。かなり無理をしているのが窺える、歪なものだった。
「……。そういえば、以前……」
でも。それについて口を開くより先に、夜月くんの表情が無に戻り。私から顔をさっと逸らして、話題も別のものに切り替えられた。
それからは、話が詰まることはなかったけれど。――お互いに顔色を窺うような、息苦しい空気が流れていた……。
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