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陽光(リメイク前)
きっかけ


 ――『星降りの日』。日付が変わるその瞬間、月から満ちるマナが、青い光となって地上へ落ちてくる日。
 それが月末に迫っていた、ある日のことだった。


「――で。風羽クンとは、どこまで行ったの?」

「…………へ?」

 寮内の食堂にて、向かい合う形で夕食を取っていた穂乃花が――世間話でもするように、かるーい口調で爆弾発言をしたのは。

「へ? じゃないよ。……なに、まさかまだキスもしてないの?」

「なっ、なにを言ってるのっ?!」

 思わず辺りを見回す。……ここは女子寮なのだから、夜月くんに聞かれるはずもない。それに気が付いたのは、周囲の席にいる何人もの人と目が合ってからだった。

「……何を勘違いしてるのか知らないけど。……夜月くんとは、そういう関係じゃないよ」

 色んな意味で気恥ずかしくなり、私は肩を竦める。そして抗議の意味を込め、穂乃花を睨みつけた。
 顔が段々と熱を持つのを感じる。――夜月くんとの仲が『そういうもの』に見えるのか、と考えてしまったからだ。

「えっ? そうだったの? あたしはてっきり、とっくに付き合ってるのかと思ってた」

「どうしてそう思うの……!」

「いやだって、最近は毎日、放課後にも二人でいるみたいだし。もともとお互いに意識してたわけだしさ」

 ――このタイミングで『意識してた』って言うと、なにか違う意味に聞こえる……!

 私は確かに夜月くんを意識していたけど、それはそういう……恋愛的な理由じゃないし。夜月くんだって、私に嘘を吐いてる罪悪感とかがあっただけ。
 ――それだけ、なんだから。勘違いされるのは、困る。

「えー、本当にそれだけぇ? なーんか違う気がするけどなあ」

 そう訴えたのに、穂乃花は疑わしげに目を細めて。

「んじゃあさ。ワケも分からず、一ヶ月間も自分を無視してきた相手を、なんだかんだで構ってたのは何でよ?」

「え……そ、それは」

 ――そういえば。あの時、私は。
 夜月くんに無視されているのを、悲しいとは思っても……怒りは全く感じなくて。――なぜこんなに彼に拘っているのだろうと、ふと疑問を抱いたんだ。
 結局、当時は答えが出ないまま……夜月くんが水を被った事件の衝撃で、忘れてしまっていたけれど。

「あたし的には、ひなたは風羽クンが『思い出の男の子』だってコトを、無意識に感じ取ってたんじゃないかと思うけど?」

 土盾くんから話を聞いたことで、穂乃花は私が前に話した『思い出の男の子』が夜月くんだということを知っている。だから、そういった推測が出るのも理解できるけれども。

「……それは」

 たぶん、違う……と思った。
 だって私は、夜月くんが熱を出して倒れたあの日、初めて真実に気が付いたんだから。

 ――もしかしたら、はあるかもしれない
、けど。それを確証できるような何かが、あるわけでもなかった。

「へえ。『違う』って? だったら、さっきの質問の答えはなに? 教えてよ」

「……それは、その……」

 積極的に迫ってくる穂乃花とは対照的に、私の声はどんどん小さくなっていく。自分の考えに、自信がないからだ。

「……私はただ、夜月くんの本心を知りたいって思って……そうしたら……その」

「……ふーん」

「なっ、なに?」

「べっつにー。あたしだったら、数回無視をされた時点で『なにコイツ』って思って、関わらないようにするけどなーなんて。そう思っただけー」

 本心を知りたい。そう思いながら、無視をされつつも気にする時点で『興味があった』ということじゃないのかと穂乃花は言う。

「無視されて、ずーっと溜め息ばっか吐いてると思ったら、急に意気込んでたし。何かきっかけでもあったの?」

 意気込んでた、というのはたぶん、あの大雨が降った日――寮への道すがら、火宮くんに夜月くんのことを相談した――の翌日のことだろう。穂乃花たちに、今まで迷惑を掛けたことの謝罪をした時のこと。

「きっかけ……」

 無視されることに、ただ悩んでいた日々と。やっぱり夜月くんのことが知りたいと思い直した日の境。

 それは火宮くんに相談したことがきっかけじゃないかと、そう思った瞬間――。


『――……あと、どれだけ言葉にすれば……いいのですか』

 ――頭の中で。夜月くんの背中と、ひどく頼りない声が蘇ってくる。

『……何をしているのですか』

 そう言って、私の腕を握る夜月くんの手は。それまでの冷たい言葉に反し、優しく労るような力加減で。当時の私は、戸惑っていた記憶がある。

 ――そして。


『…………怪我は……絶対にしないで下さい……!』

 ……最後に思い出したのは。夜月くんに――抱き締められた時の、彼の声と、温もり。私と彼のどちらともつかない、心臓の鼓動。
 弱々しい夜月くんの様子とは裏腹に、彼の体温に私は――安心感を覚えていたんだ。

 ――これらは全て、あの雨の日にあったこと。

 私が初めて、夜月くんの弱い面を見た……彼の本心に触れた時のことだ。


「その顔じゃあ、なんかあったんだね?」

「う、うん……まあ……」

「どんなこと?」

「そっ、それは……い、言えない」

「えー、ここまで来て黙秘ぃ? そりゃないんじゃないのー?」

 不満げに口を尖らせる穂乃花に、「そんなこと言われても」と零す。
 さすがに抱き締められたなんてことは言う気になれないし、他の人に見せていない(……と思う)夜月くんの姿を話すのが、なんだか躊躇われたから。

 それに……私自身、自分の気持ちがよく分からなくなっていた。

 夜月くんの弱い部分に触れて、それから火宮くんに相談して。――分からないことだらけだから、夜月くんの本心を知りたいと思った。
 つまりそれは、その瞬間まで見たことのなかった夜月くんの弱々しい姿に、興味を持った――ということなんだろうか。

 『興味』なんて表現すると、まるで面白おかしく思っていたみたいで、ちょっと違う気がするけれど。他になんと言えばいいのか分からなかった。

「んじゃあさ」

 ティーカップの中身を、スプーンでかき混ぜながら。穂乃花はやっぱり、なんでもないことのように話を切り出す。


「――結局。ひなたって風羽クンのコト、どう思ってるわけ?」

 その問いかけに、なぜか――どきりとした。



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あきゅろす。
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