陽光(リメイク前)
噛み合わない想い――2
「――そういえば、土盾くんって星降りを一度も見たことがないんだって! 夜月くんは知ってた? びっくりだよね」
(――……!!)
『土盾くん』。ひなたの口から突然現れたその名前に、夜月の心臓がドクリと音を立てた。
「土盾くんの住んでたところでも、星降りの日はお祭りをやってたみたいなんだけど。土盾くん、いつもお祭りではしゃいじゃって、星降りが起きる頃には疲れて寝ちゃうんだって。
ふふっ……土盾くんらしいっていうか、その様子が目に浮かぶよね」
ひなたは、笑っている。楽しげに、声を弾ませて。
それを目にした途端、――……胸の奥が、ズキリと痛んだ。
(っ……)
今の今まで、ずっと見ていたいと思っていた彼女の笑顔も――直視できなくなって。
様々な思いが混ざり合い、かき乱される。
「……そう……ですね。彼はいつも、元気に満ち溢れていますし……」
なんとか、それだけ返す。
――土盾刀我。いつだって純粋で、素直な少年。夜月にとっても、一応……友人、だ。
そして……自分にないもの、無くしてしまったものを、全て持っている人物でもある。
彼の明るさも、素直さも。夜月からすると、とても眩しくて。そんな所は、ひなたにも似ている。
(……)
……ひなたと刀我は、きっと気が合うのだろう。現に、彼女が彼と話している時は、いつも――。
「……夜月くん……?」
「……!」
どうかしたのかと、ひなたは気遣わしげな視線を送ってくる。それを見て初めて、夜月は自分が拳を握り締めていた事に気が付いた。――爪が食い込むほどに、きつく。
「……すみません。……少し、ぼうっとしていました」
ひなたの表情が翳りを帯びる。――もっとマシな嘘が思い付かなかったのかと、夜月は自分を叱咤した。
彼女は最近、自分の醸し出す雰囲気か何かから、こちらの感情の機微に気付くようになっていた。それ自体は正直、彼女が自分を見てくれているようで嬉しいけれど。
――今は、その視線を受けるのは辛かった。
「……夜月くん。もし、何か悩みとかがあるなら――」
その時。
彼女の言葉を遮るように、校舎の方から鐘の音が鳴り響いた。次いで、校内放送が聴こえてくる。
いくらこの場所が隔離されていようとも、放送は内容が聞き取れる程度の音量があった。
「……」
――助かった。
心底そう思いながら、夜月は立ち上がる。
「夜月くんっ?」
「……すみません。まだ少し眠いので、今日はもう部屋に帰って休もうと思います。……君にも、色々と失礼な事をしてしまいましたし。これ以上、迷惑を掛ける訳にはいきませんから」
「そんなこと……」
「……本当に、すみません。……僕の事情で、振り回してしまって」
そう言いながら、夜月はひなたに頭を下げた。
自分の醜い感情を、ひなたに知られたくない。悟られたくない。――その、一心だった。
「……では。……さようなら、ひなた。……また、明日」
「う、うん。……また、明日……」
桜の場所を抜けた、レンガの前で別れる。
最後に見たひなたの表情は、困惑や心配……様々な感情が、入り混じったものに見えた。
「っ……」
足早に歩きながら、夜月は歯を食いしばる。
『ふふっ……土盾くんらしいっていうか、その様子が目に浮かぶよね』
……刀我の事を話している時の、ひなたの笑顔と。
『う、うん。……また、明日……』
……自分へと向けられる彼女の表情を、同時に思い出して。
――やはり、自分では彼女を笑顔にする事が出来ない。
そう結論付けた。
彼女の……ひなたの笑顔を引き出すのは、自分よりも刀我の方が、ずっと得意だからだ。実際、彼といる時のひなたは、いつも笑顔を浮かべていて――楽しそうで。
それに比べたら、自分はどうなのか。……考えるまでもなかった。
(……昔の、僕だったら)
もっと素直に、自分の気持ちを伝えられただろうか。刀我に負けないくらい、彼女を笑顔に出来ただろうか。
彼女の思い出の中にいた自分なら、今とは違う関係が築けたのだろうか――……。
ぐちゃぐちゃの思考は、堂々巡りで。
せめて明日、彼女に会う頃には。この感情を、悟られてしまう事のないようにしたい。
そう考えながら。夜月はひとり、思考の海に全身を浸からせた――。
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