陽光(リメイク前)
幕間『噛み合わない想い』
――……幸せな光景だった。
白に染まる空間の中。
彼女が自分に笑いかけてくれる。『夜月くん』と、名前を呼んでくれている。
少し赤らむ頬を緩めた笑顔は、花が咲いたようだと感じた。
――彼女の笑顔が好きだ、と。夜月は七年前からずっと、そう思っていた。目にしただけで胸の内が温かくなるそれは、何よりも大切にしたい。守りたいと、心から思えるものだ。
(――あ、)
唐突に、目の前にいた彼女の姿が掻き消える。反射的に手を伸ばそうしたけれど、なぜだか身体がとても重く、思うように動けなくて。
「んっ……」
頬を撫でる風に、声を漏らす。回らない頭の中で、夜月は自分が眠っていた事に気が付いた。
(……?)
薄く目を開けると同時に――ふと、違和感を覚える。
……自分は確か、樹の幹に寄りかかっていた筈なのに。感触は固い樹のそれではなく、妙に柔らかく生暖かい。
(……いい匂いがする)
その温もりや甘い匂いは、なぜか心地良く。ほっと安心するようなものだった。
……一体、なんなのだろう、これは。
正体を知りたくなって、ぼんやりとした思考のまま、夜月は身を動かす。と、
「――ひゃっ!」
……すぐ間近で、声が上がった。それは夜月がよく知っている、いつだって聞いていたいと思う少女の声で。
「……?」
――どうして、こんなに近いのだろう。もしや、自分はまだ夢を見ているのか。
疑問符を浮かべながら、夜月は声のする方へと顔を向けた。
――すると。
「よっ、夜月、くん。……おき、た?」
問いかける声の主は――夜月が夢にも見ていた『彼女』。顔を赤らめ、恥じらう姿を……間近で夜月は見た。
「? …………っ!!」
色々な意味で衝撃を受けながらも、慌てて身を離す。彼女と同様もしくはそれ以上に、自分の顔も熱を持ち始めるのが分かった。
「……す、……すみません。……ひなた」
やっと意識が覚醒してきた事で、さっきまで感じていた温もりや柔らかさ、匂いの正体にも気が付いて。自分は何をやっていたのだと、羞恥心と申し訳なさで居たたまれなくなった。
「だ、大丈夫。気にしないで」
そんな中、なんとか絞り出した謝罪に。彼女――ひなたは上擦った声で、大丈夫だと言って。
「えっと、ね。その……嫌とかじゃ、なかったから。だから、大丈夫」
「……」
……耳まで赤くなっているというのに。
ひなたは自分に気を遣わせまいと、精一杯、笑みを浮かべてくれている。――その事実に、夜月は胸の内に僅かな影が差すのを感じていた。
嫌じゃなかった。そう言われたのは正直、嬉しい……けれど。
「…………」
「…………」
なにを言えばいいのか分からなくなって、また羞恥の為か、ひなたも黙り込んで。沈黙が辺りを包んだ。遠くの人々の声が、普段よりもよく聴こえる。
――今まで、人と話すのを避けようとしてきたからだろうか。……話題が見つからない。
「……え、えっと。もう少しで、星降りの日だね」
「……そうですね」
……結局、ひなたが切り出すまで無言を貫いてしまった。自分に対する情けなさを感じつつ、夜月は彼女の方を向く。
――星降りの日。それは一年に一度だけ、月の宿す大量のマナが、青白い光となって落ちてくる日だ。
夜空から光が落ちる様は、まるで星が降っているかのよう。だから『星降りの日』と呼ばれている。
「……この学園では、特に綺麗な星降りが見られるそうですよ」
ここにはマナを持つ人間が多く集まっているから、それに反応するらしい。
そう伝えると、「そうなんだ」とひなたは驚いた様子で目を見開く。――その瞳は、まだ見ぬ星降りへの期待に胸を踊らせているのか。まさしく星のように、爛々と輝いていた。
「……楽しみですか?」
「うん。私、小さい頃から星降りの日が好きだから」
そう言って笑うひなたを、夜月は眩しいものを見るように目を細める。
「私の住んでたところでは、毎年、星降りの日にお祭りをやってたんだ。……ほら、星降りが起きるのは日付が変わった瞬間でしょ? だから、それまでお祭りを楽しんで過ごすの」
饒舌になるのは、それだけ思い入れがあるからだろう。夜月は微笑ましいと思った。……表情には何も出ていないだろうが。
その後も、夜月は楽しげなひなたの話を聞いていた。
笑顔を浮かべる彼女を、ただ見つめる。それだけで、幸せな気持ちになれた。
「――あ。ご、ごめんね! 私ばっかり話しちゃって!」
「……いえ。気にしないで下さい。……僕は君の話を聞いているだけで、とても楽しいですから」
……そんな事、気にしなくていいのに。そう思いながら、申し訳なさそうなひなたに言葉を掛ける。
(――君の笑顔が曇る方が、僕は嫌です)
本心は、言わなければ伝わらない。それは今までの、彼女や刀我との出来事で十分に理解したつもりだ。
だが、理屈では分かっていても。――なかなか、感情は着いてこない。
特に、ひなたに対する自分の想いは。『友人』、という言葉では括れないこの気持ちは。言える筈はないと、夜月は考えていた。
(恐らく、男としては見られていない……)
夜月は、再会してから初めて、彼女が『夜月くん』と呼んでくれた日の事を思い出す。
『ありがとう。……私も夜月くんのこと、好きだよ』
…………。あんな純粋な目で言われてしまえば、『そういう意味』は微塵も含まれていないのは明らかだった。
いや、『人として好意を持っている』などと、ごまかした自分に原因があるのは分かっているのだが。
恥ずかしがっている顔も何度か見ているし、全く意識されていない訳ではないと信じたいけれど……それは他の男性相手でも同じだろう。
(……ただ、彼女が恥じらうタイミングはよく分からない)
なぜ今、ここで赤面するのか。そう疑問に思う事がある。一体なにが彼女の琴線に触れているのか、推察できない。
――とにかく。自分の気持ちを伝えてしまえば、彼女は間違いなく困惑するだろうし、今の関係だって崩れてしまうだろう……。
だから、この想いを伝えるつもりは、ない。
……ないのだ。
「そ、そう? 私が一方的にしゃべるのを聞いてるだけなんて、嫌じゃない?」
「……嫌であれば、こんな事は言いません。……これは、紛れもない本心です」
「……そっか。なら、いいんだけど……」
少し躊躇いがちに、ひなたはまた話し始める。夜月はそれを聞きながら、一方で思う。
(――僕の表情が変わらないから。だから、ひなたを不安にさせてしまう)
……自分が、昔のままであれば。
彼女が思い出にしてくれていた、自分のままであったなら。……彼女を不安にさせないよう、笑みを作れただろうに。
今更どうしようもない事を考えながら、ひなたの話を聞いていると。
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