陽光(リメイク前)
新生活デビュー、その初日。
「あー! もうっ!」
全速力で公園を通り過ぎたあたりで、私はどうしようもない現実に大いに嘆いた。そばに偶然いた人が驚いているのが視界の隅に映る。ああごめんなさい、でも立ち止まってる時間はないんです許してー!
――誰の目から見ても、今の私がかなり急いでいることは一目瞭然だと思う。うん、私は今めっちゃくちゃ急いでる。
なんでそんなに急いでるのかっていうと、まあその……寝坊した……から。しかも――『入学式の日』に。
何をやってるのかなぁ、高校時代の十六歳までは無遅刻無欠席の皆勤賞だった光咲ひなた(こうさき ひなた)さんは。新生活デビュー初日にこれとか……バカじゃん。
そして、私はなんとか人で混み合う電車――風のマナ(魔力)を利用して動く乗り物――に乗り込む。ふー、危ない。これを逃したら完全に遅刻だったわ……。
ずっと走ってバクバク言ってる心臓を抑えながら、私は息を吐く。……この電車に揺られている時間、立ち止まっているしかないのが凄くもどかしいけど。どうにもならないし、せめて休んでいよう……。
運良く扉の方に寄りかかれた私は、呼吸を整えながらふと、寝坊の原因になった夢を思い出した。
――今から七年前の、十歳の頃。私は山奥に住むお婆ちゃんの家に遊びに行っていた。もちろん、お父さんとお母さんも一緒だったんだけど……私は好奇心から、お父さん達が話をしている間に、こっそり家を抜け出して。山の中を、ひとりで探検していた。
そうしたら、足を滑らせて――私は転がり落ちたんだ。幸い、草むらに突っ込んだお陰で麓まで転がり落ちることはなかったけど(そんなことになっていたら、それこそ死んでいたと思う)。私はあちこち打ちつけた上に、右膝を枝で切って出血してしまった。
急に雨も降ってきて、身体の節々が痛くて、不安になって。私は大泣きしながら、助けを求めていた。
そして――出会ったんだ、あの男の子に。
「……」
――……魔法で私を助けてくれた男の子。私は彼の顔を、全く思い出せないでいた。それは成長の過程で忘れたんじゃなくて、当時から――だ。
私は男の子に助けられてから、彼に手を引かれて両親と祖母の元へ帰った……らしいんだけど。
おかしなことに、私はその事実をお母さん達から聞いて初めて『そうだったかもしれない』と思って。
お母さん達もまた、私を助けた男の子がどんな子だったのかを『思い出せない』と言って。
まるでおとぎ話の登場人物みたいに、その男の子は私達の記憶から姿を消してしまっていたんだ。
私が覚えているのは、ひとつだけ。
男の子が魔法を使ったことと、男の子が青い石のペンダントをつけていたこと。それらの放つ青い光だけが、私の記憶に焼き付いていた。
電車を降りた私は、早足で駅を出る。電車に間に合ったお陰で、さっきまでよりは余裕を持てるようになった。
――良かった、良かった。もう大丈夫だよね。
そう心の中で言いながら、私は歩いていた。
――すると。
「うわっ!」
「きゃっ!」
角を曲がったところで、ちょうど反対側から歩いてきた人にぶつかってしまった。私は衝撃から危うく後ろ向きに倒れかけたけど、相手が腕を引っ張ってくれたから何とか持ちこたえられた。
「ふう……」
ほっとして、お互い息を吐く。そうしてからようやく、私達は相手の顔を見た。
ぶつかった人は、私と同い年くらいの男の子だった。少し大きめの、真新しい感じの制服を着た――って、この制服は私がこれから行く学園の制服だ。すごい偶然……かな?
「あぁごめんな! よそ見してた!」
「ううん。私の方こそ、気をつけてなかったから。ごめんなさい」
つんつんした髪の男の子は、本当に申し訳なさそうに謝ってくる。私も慌てて謝ると、「ホントにごめん」と手を合わせた。
「オレ、今朝寝坊してさ。入学初日から遅刻はありえねー!って思って。急いでたんだ」
ハキハキと喋る男の子は、そう言ってる間も気持ちが急いてるのか、何だか落ち着かない様子だ。
「制服見るに、キミも明坂(めいさか)学園だよな? よし、一緒に行こう!」
「あっ、ちょ……!」
立ち止まっているのに耐えられなくなったのか、男の子が私の手を取って走り出す。
……男の子に手を握られるなんて、七年前のあの日以来なんですけど……ちょっと恥ずかしいんですけどー……!
けれど、急いでいるのは事実だし。何より前を走る男の子の走りについていくのが精一杯で、足を止めようにも止められない。
恥ずかしいけど、どうしようもなく。私は高校デビューの通学路を、男の子と手を繋いで走ったのでした――……。
その後、男の子の走りのお陰か。私達は、なんとか入学式に間に合うことが出来た。ほっ……入学初日から遅刻するなんてさすがに嫌過ぎるからね……。
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